1月12日(火曜日)マフラーと通勤電車


 連休が明けた火曜日。

 いつもの時間、いつも通りの通勤電車に乗っていると彼女が挨拶をしてくれる。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ、結衣花」


 制服姿の彼女は焦げ茶色のマフラーをしていた。

 それは初詣の時、結衣花に貸したものだが意外とよく似合っている。

 

「お兄さん。このマフラー借りてていいの?」

「ああ、いいぞ。でも男モノだから結衣花の好みに合わないんじゃないか?」

「ううん。ちょうどいい」


 言ってくれればマフラーくらい買ってやるのにと思ったが、結衣花が気に入っているならそれでいいか。


 それに自分のマフラーを大切にしてくれるというのは、案外気分がいいものだ。

 大切に使ってもらえよ、我がマフラーよ。


 結衣花はマフラーで口元を隠して俺を見た。

 何かを伝えるように目を合わせ、少し近づいて腕を掴んだ。


 たぶん甘えたい気持ちを言葉にしようとしたが、言うのは恥ずかしくなったんだろう。

 こういうところは女子高生だよな。


「昨日は大活躍だったね。お姉ちゃん、すごく喜んでたよ」

「どう考えても俺っていらなかっただろ」

「でもお兄さんがいなかったら、一生あの二人は付き合わなかったんじゃないかな」

「それはそれで説得力があるんだよな……」


 昨日、紺野さんと香穂理さんはようやく付き合い始めた。

 両想いなのになかなかくっつかないと思っていたら、こんなにアッサリと付き合うなんて……。

 男女の関係はなにがどう転がるか、全然わからん。


 すると結衣花が唐突に訊ねてくる。


「お兄さんもさ……。やっぱりカノジョを作りたいとか思うわけ?」

「考える時はあるが、そういうのはタイミングに任せることにしてる」

「今のって、ヘタレを隠すためのセリフ?」

「違うって……。なんでそうなるんだよ」


 よくよく考えると、俺も香穂理さんのことを言えないんだよな。

 楓坂のことは気になっているが、自分から話を進められないんだから……。


 一方で音水にグイグイ迫られると、流されそうになる時もある。

 音水は子供っぽいところがあるのに、時々妙な色っぽさがあるから男として無視しきれない。


 そう言えば……結衣花はどうなんだろうか。


 初めて会った頃と比べて、結衣花も最近は大人びた雰囲気をまとうようになってきた。

 今年誕生日を迎えたら結衣花は十八歳。あと一年と少しで高校も卒業する。

 そう考えると、急にあり得ない関係が実現するのではと考えてしまう。


 そんな気の迷いのせいか、思わず口から言葉が漏れた。


「結衣花は……」

「なに?」


 ……何を聞くつもりだ?

 高校を卒業したら俺と付き合いたいかと聞くつもりか?


 相手は女子高生だぞ。いくら結衣花の親から認められているとはいえ、付き合うなんてありえない話だ。


 結衣花も俺と付き合えないということを理解したうえで一緒に居るんだ。よけいなことを聞くのは野暮じゃないか。


 無理やり別の話題を考えた俺は、質問内容を変更した。


「えっと……、その……以前告白されたことあっただろ? やっぱりモテる方なのか?」

「それって去年の八月の話でしょ? よく覚えてたね」

「普通忘れないだろ」

「他人のことだよ? 普通忘れるって」


 言われてみるとそうかもしれない。

 よくよく考えたら五カ月前の話だ。普段の俺なら確実に忘れていただろう。


 自分の記憶力に疑問を持つ俺を気にせず、結衣花は話を続けた。


「それにモテるもなにも、私のところは女子高だからね。男子との出会いそのものがないよ」

「そういうものなのか」


 そういえば結衣花が告白されたのってコミケ開催の前だったか。

 聞いた時は本気で驚いたが、冷静に考えればこれだけの美少女を放置する男の方が不自然なんだよな。

 もし共学だったら確実に彼氏ができていただろう。


 そんな美少女と毎日電車で話をしている俺も、相当不自然なのかもしれないが……。


「一月の三連休が終わると、急にお正月気分が抜けちゃうね」

「そうだな。商業施設のバレンタインイベント、頑張らないと……」

「仕事は順調?」

「まぁな。結衣花の方はどうだ?」

「うん。もうイラストは描き終えてるし、たまにグッズのチェックをするだけだから」


 バレンタインか……。プレゼンに勝った時はまだまだ先のように感じたが、時間が経つのは早いなぁ。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回新展開!! バレンタイン編がスタートです!


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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