1月4日(月曜日)冬のおでん


 一月四日。

 俺達は今日が仕事始めだった。


 久しぶりの仕事を終えて自宅に戻ると、隣に住む楓坂がガチャリとドアを開ける。


「おかえりなさい、笹宮さん」

「……ただいま、楓坂」

「夕食を作っておきましたので、そっちに持っていきますね」

「すまん、助かるよ。ありがとう」


 疲れている時は夕食を作る余裕がない。

 健康にはよくないとわかっていても、カップ麺だけですませてしまうときもある。

 そのためこうして夕食を用意してくれていると、本当にありがたいことだった。


 こたつに入った俺と楓坂は、おでんの鍋を二人でつつきながら雑談を楽しむ。


「おっ。この牛すじ、トロトロでうまいな」

「うふふ。炭酸水で一度煮込んで下処理をしているんです」

「へぇ……。どんどん料理が上達しているじゃないか」


 最初は俺が料理を教えていたんだが、今となっては楓坂の方が美味い。

 楓坂って真面目な所があるから、一度やり出すとトコトンこだわってしまうのだろう。


「お仕事、お疲れ様です。今日もクマさんに変身していたんですか?」

「ああ。今日は自動車の初売りセールだ」

「……本当にいろんなところで変身されているんですね」


 今日は自動車の販売店の入口で、旗を持ってひたすら呼び込みをしていた。

 時々、『俺、必要なくね?』と思う時はあるが、そこを精神力で乗り切るのがプロというものだ。


 たまに赤信号で停車中の車から、子供が手を振ってくれることがある。

 正直、涙が出そうなほど嬉しい。


「そういえば楓坂。少し訊ねたいのだが……」

「はい、なんでしょうか」

「同じ会社の先輩と受付の恋をうまくプロデュースする方法ってなにかあるか?」


 俺の会社には結衣花の姉・香穂里かほりさんがいるのだが、どうも紺野さんと両想いらしい。

 二人はお互いの気持ちに気づいていない。

 そこで女子大生の楓坂に相談してみたというわけだ。 


「そうですね……。エロ同人誌ならイケメン新入社員が現れるパターンでしょうか」

「なんで新キャラが登場してんの」 

「そしてイケメン新入社員に先輩は攻め落とされるんです。すてき」

「なんでBLジャンルになってんだ」


 おでん食いながら、なんでBL設定の話をしてるんだろう……。


「そうじゃなくて、女子ならではの恋愛テクニックを知りたくてだな」

「イケメン新入社員と細マッチョの先輩の話ですよね?」

「先輩に新たな設定が追加されているんだが?」


 だが冷静に考えれば、楓坂の恋愛観も少し変わってるんだよな。

 原因はおそらくエロ同人誌のストーリーを参考にしているからだろう。


 楓坂はおでんの具を自分の皿に取りながら、訊ねてくる。


「そもそも、どうしてそんなことを聞いて来るんですか?」

「いや実はな……。その受付というのが、結衣花の姉貴なんだ」

香穂里かほりさんのことですか?」

「ああ。それが俺の先輩の紺野さんと大喧嘩したんだ」

「……新年早々? 仕事で?」

「そう……新年早々、仕事で……。おかげで帰るのが遅れたぜ」


 喧嘩と聞いて、さすがの楓坂も箸を止めて驚いた。

 まぁ、そりゃあそうだよな。


「ちなみに喧嘩した内容は?」

「紺野さんが他の女子に調子のいいことを言っていたから香穂理さんが怒ってな。紺野さんも普段相手にしないくせにって喧嘩になったんだ」

「……まるで子供ですね」

「擁護できん」


 紺野さんは今カノジョがいないので他の女子に声を掛けるのは別に構わないのだが、それを香穂理さんの前にやってしまったのが悪かった。


 結衣花に聞いた話では、二人とも今年こそ付き合おうと意気込んでいる。

 だがその気持ちが空回りしてよけい関係がこじれているようだ。


「でも恋のプロデュースなんて笹宮さんが絶望的に苦手なことじゃないですか。考えるだけ無駄ですよ」

「だよな……」


 ぶっちゃけ、俺自身がそう思う。

 はぁ……どうしたらいいものか……。


 ふと前を見ると、楓坂が嬉しそうに、じっ……と俺を見つめていた。


「……え、なに?」

「笹宮さんが仕事の話をしてくれたのが嬉しくて」

「普通、そういうのってウザいんじゃないか?」

「人によりけりですね。私はしてくれた方が、頼ってくれていると実感できるので好きですよ」


 そういうと楓坂はゆでたまごを半分に割って頬張った。


「たまご、おいしっ」


 こういうところ、本当にかわいいんだよな。

 そう思ってもなにもできないんだから、俺も大概だぜ……。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、香穂理から笹宮に話が!?


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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