12月31日(木曜日)年越しそばとあいさつ


 大晦日のお参りを済ませた俺達三人は、結衣花の家に来ていた。

 俺はスマホを耳に当て、結衣花の母・ゆかりさんと電話をしている。


『今年は笹宮君がいてくれて助かったわ。娘のこと、お願いね』

「はい。ゆかりさんも旦那さんとゆっくりしてきてください」


 電話を済ませた俺は、スマホをこたつの上に置く。


 大晦日ということもあり、ゆかりさんは旦那さんと一緒に旅行に出かけていた。

 なんでも和歌山にある温泉旅館らしい。


 聞くところによるとパンダを見れる動物園があったり、魚介類のバーベキューができる市場があったりと面白そうだ。


「結衣花の両親って仲がいいんだな」

「うん」

「結衣花も行けばよかったのに」

「私がいるとお母さんが気を張って甘えられないでしょ。たまにはふたりっきりにしてあげないとね」


 結衣花なりに両親のことを気遣っているのか。

 夫婦二人っきりにしてあげたいと思うのは女性ならではの考え方かもしれない。


 正月になったら俺も実家に顔を出すつもりだが、もう少し親孝行を意識してみよう。


 それにしても……。


「……ゆかりさんって……甘えたりするのか?」


 ゆかりさんと言えば、美人でありながら獅子すら怯える形相の女性だ。

 そんな彼女が甘える場面なんて想像もできない。


「うん。たまにこっそりリビングに降りると、二人でいちゃいちゃし……」


 結衣花がゆかりさんの秘密を暴露しようとした時、彼女のスマホが鳴った。

 発信者はどうやらゆかりさんのようだ。


『結衣花。念のために言っておくけど、よけいなことを言いふらしちゃダメよ。いいわね』

「うん。全然言ってないから安心して」


 言いかけていたけどな……と内心ツッコミを入れておこう。

 電話を切った結衣花はフラットテンションではあるが、冷や汗をかきつつ周囲を見渡してる。


「……この部屋、盗聴器とかあるのかな?」

「気持ちはわかるが、自分の親を疑うな」


 そろそろ夜の九時という頃、結衣花はこたつから立ち上がった。 


「じゃあ、年越しそばを用意するね。二人とも待ってて」


 彼女はそういうとダイニングキッチンの方へ歩いていく。

 結衣花の身長は一五〇センチより少し低いくらいだが、キッチンへ向かう時の後ろ姿はどこか頼もしい。


 すると右隣に座っていた楓坂が話し掛けてきた。


「今年はいろいろありましたね」

「ああ、一年前は今の状況を想像だにしなかったぜ」

「あなたに出会ってしまって、私のペースはめちゃくちゃだわ」


 楓坂は長い髪を耳に掛け、挑発的な色っぽい笑みを浮かべる。

 きっとわざと俺が困るように言っているのだ。


「俺は楓坂に会えてよかったと思ってるぜ。わりとガチでな」

「……な!?」


 予想外のセリフに驚いた楓坂は、顔を真っ赤にして驚いた。


「なのにメチャクチャって言われたぜ……。へこむわ」

「そ……それは……照れ隠しです。私だって本当は……その……」

「すまん。わかってて、からかってみた」

「んんんんん~~~っ!!」


 とはいうものの、彼女に会えてよかったと思っているのは本音だ。

 今はお隣さん以上恋人未満の関係ではあるが、自分の気持ちが彼女に傾いていることはわかっている。


 バレンタインのイベントが終われば、特別チームの仕事も一段落するだろう。

 その時に一度、真剣に話をしてみようと思っている。


 もっとも現状維持を望んでいる彼女がどう反応するのか心配だが……。


 一方楓坂は、俺の気持ちなんか知りもしないでネコパンチをしていた。


「この! この!」

「悪かったよ。やめてくれ」


 そこへ結衣花がやってきた。


「ほ~ら。こたつで夫婦喧嘩しないの」

「喧嘩っていうか、俺が一方的にやられていたような……」

「はいはい。そばの用意ができたから、運ぶの手伝ってね」


 こうしてこたつの上に、どんぶりに入ったそばが並ぶ。

 海老天、ネギ、かまぼこ、そして温玉と具沢山だ。


「おぉ……、温玉入り海老天そばか」

「おいしそうでしょ」

「ああ、これは楽しみだ」


 温玉の半熟感がいいんだよな。

 そばのつゆと一緒に食べると、これがまた美味い。


 こたつを囲むように全員が座った時、結衣花が年末の挨拶をする。


「お兄さん、楓坂さん。今年一年、ありがとうございました。来年もよろしくね」


 毎年当たり前のように使われる言葉だが、結衣花がいうと安心感がある。


 きっと来年もいつも通りの優しい時間が流れるのだろう。

 同時に、この瞬間がとても愛おしいと実感させてくれる。


「こちらこそだ。来年こそ結衣花にからかわれないように、しっかりとしてみせるぜ」

「それは無理だと思う」



■――あとがき――■

今年一年、ありがとうございました。

読者様のおかげで、こうして小説を書き続けることができました。

みなさんに出会えたことが、私の宝物です。


新年も変わらず、毎朝7時15分頃に投稿します。

どうか来年もよろしくお願いいたします。


それでは、よいお年をお迎えください。

甘粕冬夏

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