12月31日(木曜日)大晦日のお参り(後編)


 大晦日の夜、俺達はお参りをするため近くの寺に来ていた。

 午後七時という時間ではあるが、多くの人が参拝に訪れている。

 やはりこの時間帯は家族連れが多いようだ。


 楓坂は大晦日にお参りするのは子供の頃以来らしく、ひさしぶりにみる光景を楽しそうに見ていた。


「あら。少ないですけど屋台も出ているんですね」

「以前はなかったんだが、三年程前から屋台が出るようになったんだ」


 そこへ香ばしい香りが漂ってくる。

 これは……。


「夜の焼きトウモロコシって、とてもとても美味そう」

「ほぅ、わかっているじゃないか」


 そう、焼きトウモロコシだ。

 普段俺はそこまでトウモロコシを好んで食べることはないが、屋台で売られているものは別だ。

 タレと焦げたトウモロコシのなんとも言えない旨みは、何度食べても飽きることはない。


「買うか?」

「さすが笹宮さん。わかっていますね」


 俺と楓坂が同時に頷いた直後、すぐ傍にいた結衣花がため息まじりに「こら」と言う。


「二人とも、この後年越しそばを食べるんでしょ。ダメだからね」

「「は~い」」

「そのかわり、そばには海老天を付けてあげるから」

「「わ~い!」」


 結衣花ママに注意されたので、俺達は仕方なく焼きとうもろこしを諦めることにした。


 しかし結衣花が作ってくれる海老天の年越しそばか。

 これは美味そうだ。


 その時、参拝客の間から聞き覚えのある女性の声が俺を呼んだ。


「あっ! 笹宮さん!」


 見るとそこには後輩の音水がいた。

 今日はスーツ姿ではなく、おしゃれなコートに身を包んでいる。


「音水じゃないか。偶然だな」

「はい。香穂理さんと一緒にお参りに来ていまして」


 紹介された直後、彼女の後ろにいた香穂理さんが出てきて、俺に会釈をした。


 彼女はファー付きのダウンジャケットを着て、ポケットに手をつっこんでいる。

 なんか……男前だ。


 蒼井香穂里あおいかほり、結衣花の姉らしい。

 パッと見た印象では結衣花とは似ておらず、どちらかというとゆかりさんの雰囲気が強い。

 だが目元の部分はよくよく見ると似ているような気もする。


 香穂理さんは結衣花に気づくと、近づいて話し掛けた。

 内容は「元気?」「体に気を付けて」という当たり障りのない内容だが、お互いに相手の事を心配している様子が伝わってくる。

 あまり会っていないと聞いていたが、二人の仲は良いようだ。


「音水達はこの後どうするんだ?」

「私達、この後カウントダウンライブに行くんです」

「へぇ、コンサートか。気を付けていくんだぞ」

「はい。もし何かあれば、香穂理が守ってくれますから」


 へぇ、音水と香穂理さんって本当に仲がいいんだな。

 部署は違うが、やはり同期というのが大きいのだろう。


 香穂理さんは音水の隣に立って、ぶっきらぼうな言い方で話す。


「遙は危なっかしいから、私がいないとダメね」

「やぁ~ん。香穂理、イケメン!」

「今夜は抱いてあげる」


 ……冗談なんだろうけど、香穂理さんって表情が乏しいから本気で言っているように聞こえるんだよな。


 結衣花は常時フラットテンションだし、母親のゆかりさんは常に怒っているような表情。

 そして姉の香穂理さんはぶっきらぼう……と。

 うーん。表情に偏りがあるのは蒼井家の血脈なのだろうか。


 音水と香穂理さんは年末の挨拶をした後、カウントダウンライブを見るため去って行った。


 すると隣にいた楓坂が言う。 


「音水さんって友達といる時は、あんなに表情が変わるんですね」

「ああ、俺も初めて見た」


 音水は入社当初は明るいけれど怖がりで、ちょっとしたことで委縮してしまうところがあった。

 俺に対してでさえ、最初は怖がっていたくらいだ。


 今はそんなことはなくなり、俺に対しても明るく振る舞う。

 しかし先輩後輩という立場は保とうとしているように感じられた。


 しかしさっきの音水は自然体で楽しんでいるように見えた。

 あれが本来の彼女の表情なのだろう。


「もしかしたら、最初から俺はそれほど必要なかったのかもな」


 ふと漏らした自分の言葉は、俺の心にグサリと刺さる。

 教育係として奮闘してきたつもりだったが、音水は一人でもやっていけたのかもしれない。

 それはいい事なのだが、育てた側としてはさびしい事だった。


 その時――、


「とりゃ」


 楓坂が急に俺の背中にパンチをしてきた。


「なんだよ……」

「うふふ。可愛い後輩を取られてかわいそうと思ったもので」

「……その優しさに痛み入るぜ」


 そして結衣花は俺の腕を掴んで、二回ムニる。


「前向きに考えたら、お兄さんがいたから音水さんは元気になれて、お姉ちゃんとも仲良くなったんじゃないかな」

「……結衣花ってポジティブだよな」

「まあね。普段から困ったクマさんみたいな人を相手にしているから」

「それ……、俺のことだろ。もうちょっと包み隠してくれ」

「むーり」


 まったく、かわいらしく言いやがって……。

 こいつらと一緒にいたら、落ち込む時間なんて一瞬で消えてしまうぜ。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、三人で年越しそば。


投稿は朝7時15分。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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