12月24日(木曜日)【結衣花視点】楓坂との再会


 楓坂さんがこの屋敷にいる。

 そう聞いた私は幻十郎さんに案内されて、屋敷の奥にある部屋にやってきた。


 入口にはスーツ姿の女性が立っている。

 いわゆるボディーガードという人なのだろうけど、この場合は楓坂さんが逃げないように見はっている門番と言うべきかもしれない。


 鍵を開けて中に入ると、楓坂さんがいた。

 退屈そうにテレビを見ていた楓坂さんは私を見るや否や、飛び上がるように驚いた。


「結衣花さん!? どうしてここに……」

「楓坂さん……。よかった。元気なんだね」


 無事を確認した後、私は今まであったことを楓坂さんに話した。

 お母さんや旺飼さんの協力でここまで来たこと、そして幻十郎さんが改心してくれたことを伝える。


 入口で私達のことを見ていた幻十郎さんは優しい口調で話す。


「舞……、すまなかった。ワシが社長という立場に固執したために辛い思いをさせて……」

「お爺様……」

「そこのお嬢さんのおかげで気づくことができた。ワシは他人を信じられなくなっていたんだな……。本当にすまない……」


 幻十郎さんからさっきまであった禍々しい威圧感が消えていた。

 まるで普通のおじいちゃんみたいだ。

 これでようやく楓坂さんも普通の生活に戻ることができる。


 それから楓坂さんは帰る支度をし始める。

 準備を手伝う形で私は彼女と二人っきりになった。


 楓坂さんは着替えをしながら、いつもの調子で話をする。


「でもクリスマスイブに助けに来てくれるなんて、すごくすごくロマンチック。『プレゼントは私、さあ食べて』的なノリなんですね」

「ううん、違うよ」


 もしかするとこの出来事が原因で楓坂さんが変わってしまうかもしれないと心配したけど、その必要はなかったようだ。

 むしろボケに切れ味が増しているようにすら感じる。


 雑談の途中、話の流れで私は気になっていたことを訊ねた。


「楓坂さんは……、お兄さんのことが好きなの?」

「そうですね……。分類的にはいちおう好意に属しますね」

「ふふっ」

「な……なんですか?」

「ひねくれているように見せて、回答内容が素直だから」

「んんんんん~っ!」


 でも私はホッとしていた。

 楓坂さんがこういう人なら、きっとお兄さんとうまく行くだろう。

 あとは私がお兄さんと距離を取るようにすれば、全てが丸く収まるはずだ。


 ここで今度は楓坂さんの方から訊ねてきた。


「……結衣花さんは、笹宮さんのことをどう思っているんですか?」

「私?」


 突然の質問に、私はすぐに思考が働かなかった。


 楓坂さんはというと、静かに私を見つめている。

 心配しているようで、怯えているようで、だけど優しさがにじみ出る不思議な視線。


 だけど……答えが思いつかない。

 私は……お兄さんのことをどう思っているんだろう。


 嫌いじゃない。

 だけど恋かと言われると違うような気がする。

 それでもそばにいたいと思う。


 私にとってお兄さんは特別だ。

 それは間違いない。

 だけど、それ以上の答えが分からない。


 どうしてこんなに、あやふやな気持ちなんだろう。


「私は……」


 その時、屋敷の中で大きな音がした。

 続けて言い争う声が聞こえてくる。


 驚いた私と楓坂さんは慌てて応接室に戻ると、そこには予想外の光景が広がっていた。


 ボディーガードの人達がお母さんたちを通さないように立ちはだかり、さっきまでいなかった蛇顔の秘書・黒ヶ崎さんが幻十郎さんの胸ぐらを掴んでいたからだ。


「黒ヶ崎さん!」

「おやおやおや。これは結衣花様……。やっぱりここに来ていましたか……」


 黒ヶ崎さんは幻十郎さんを捨てるように畳の上に落とすと、舌打ちをして悪態をつく。


「チッ! せっかくいい寄生先が見つかったと思ったのに、女子高生なんかの言葉で改心するなんて……。これだから無能は嫌なんですよ」


 それが黒ヶ崎さんの本音なのだろう。

 自分の言いなりになる人間が欲しいだけ。彼は最初から幻十郎さんを支えようなんて考えていなかったんだ。


「それより結衣花様。わずかばかりの時間、自分に付き合ってくれませんか?」

「……どうしてですか?」

「実は駅ビルで私がプロモーションしたアパレル店がオープンするんですよ」


 黒ヶ崎さんはこちらに向かってゆっくりと近づく。


「でもですねぇ……。笹宮様がよけいなことをしたせいで、今日のプレオープンは散々でした。このままだと明日のオープンも負けてしまう。……だから結衣花様……人質になってください」


 人質?

 普通の人間が絶対に使わない言葉を、黒ヶ崎さんは平然と口にした。

 その異常さに恐怖を感じた私は思わずたじろぐ。


 楓坂さんは私を守ろうと前に立って叫んだ。


「あなたね! いい加減にしなさいよ! もう負けてるってわからないの!」

「うるさい! 自分は負けていない!! 勝たないといけないんだ!」


 だけど女性ボディーガードの人が楓坂さんを取り押さえる。

 楓坂さんは抵抗するけど、やっぱりプロの人に力で抵抗できないようだ。


 一人になった私の目前に、ゴルフクラブを持った黒ヶ崎さんが立ちはだかる。


「抵抗しないでくださいませ……。すべては私が安心して眠るためです」


 今まで見たこともない狂気を孕んだ表情。

 泥沼に引きずり込まれていくような、ねっとりとした恐怖。


 怖い……。

 今まであまり感じていなかった恐怖心が、私の体を動けなくした。


 そして黒ヶ崎さんがゴルフクラブを振り下ろそうとした瞬間――、


「結衣花!」


 突然、聞きなれた男性の声がした。

 その男性は私を抱きかかえて、黒ヶ崎さんから距離を取る。


 だけど飛び込むように突っ込んできたため、そのまま倒れて柱に頭をぶつけた。


「く……、いってぇ……」

「お兄さん?」

「よぉ、結衣花。久しぶりだな」


 そう……。

 私を抱きしめて助けてくれたのは、毎朝電車であうお兄さんだった。


「どうしてここに……」

「少し前に旺飼さんと電話をしていたんだが、その時に結衣花たちのことも聞いていたんだ。その後、黒ヶ崎が血相を変えてこっちに向かっているって聞いてな。もしかしたらと思って駆けつけたんだ」


 お兄さんの体温が伝わってくる。

 抱きしめている腕から力が伝わってくる。


 私はこんな状況なのに……高揚感を覚えていた。


 でも……今はそれどころじゃない。


「お兄さん。あの人、もう常識が通用する相手じゃない。危ないよ」

「ふっ……、大丈夫だ。……六月の約束を今守ってやるさ」

「……六月? なんのこと?」

「なんで忘れてるんだよ……」


 そんなこと言われても、半年前の約束を覚えてるわけないじゃん。


「結衣花が後輩になったら必死になるかどうかって話だ」

「あぁ……。そういえば、そう言ってたかも……」

「まぁ、任せろ。俺がなんとかする」



■――あとがき――■

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