12月24日(木曜日)【結衣花視点】幻十郎との話し合い


 クリスマスイブ……。

 本当なら終業式に出ているはずの私は、楓坂さんのお爺さん……幻十郎さんの別宅がある町に来ていた。


 一言で言えば田舎だけど、古い町並みを今に残した景観は観光スポットとしてテレビで紹介されることもある。


 公園の駐車場に車を止めた旺飼さんは、外に出て電話をしていた。


「そうか……、ふむ。……わかった。こちらは……、そうだ。では、頼む」


 スマホをポケットに戻した旺飼さんは、再び車の運転席へ戻ってきた。


「お兄さんと話していたんですか?」

「ああ。笹宮君たちも舞を助けようと動いていてね。イベントを仕掛けて黒ヶ崎を誘い出そうとしているんだ」

「じゃあ、ここには黒ヶ崎さんはいないんだね」


 やっぱりお兄さんも楓坂さんを取り戻そうとしていたんだ。


 火曜日以降、私はお兄さんに会っていない。

 LINEで早朝練習があるからしばらく会えないと伝えておいたけど、こんなことなら正直に話してもよかったかも……。


 ううん……。もうすぐ会わなくなるんだし、少しずつ接点を減らしておいた方がお互いの為だよね。 


 すると私と一緒に後部座席に座っていたお母さんが話し掛けてくる。


「それにしても高速道路を使って一時間半って、かなり遠いわね……」

「ここに来るの初めてだけど、なんだか時代劇の舞台に使われてそうな町だよね」

「今検索したけど、神社も有名みたいよ。帰る時はお参りしていきましょう」

「お土産とか買っておこうかな」


 私達親子の会話を聞いた旺飼さんは、バックミラーでこっちを見ながらあきれるように言う。


「君達、余裕だね……」

「だって、まだ始まってもないのに緊張してもしょうがないし」

「結衣花君は幻十郎の性格を知らないからな……。はぁ……。僕は今からストレスで胃がやられそうだ」


 そう言うと、旺飼さんは深いため息をついた。

 心底、幻十郎さんに会いたくないのだろう。


「でも旺飼さんがアポを取ってくれたおかげで話合いができます。ありがとうございます」

「僕は場を用意したまでさ。後は結衣花君次第だ」


 こうして私達は幻十郎さんがいる屋敷へ向かった。


   ◆


 幻十郎さんの屋敷に到着すると、私達は応接間に通された。


 そして第一声で言われたことは……、


「旺飼ッ! どのツラを下げてワシの前に現れた! いつもいつもワシの邪魔をしおって!! 何が話し合いだ!! ふざけるな!! 帰れぇぇッ!!」 


 そう叫んだのは楓坂幻十郎……、今回のトラブルの中心人物だ。

 白髪で背は低く、しかも細身。とても弱々しく見える。


 代わりに怒鳴り声だけは、成人男性顔負けだった。


 いや……それよりさ……。


 私は隣にいる旺飼さんに小声で話し掛ける。


「旺飼さん……、場を用意したって言ってなかった? 話が違うんだけど……」

「電話をしたら、僕と話をするくらいならミジンコと話をする方がマシだと言われたんだ」

「それで?」

「なら女子高生の結衣花君なら問題ないと思ったんだが……おかしいな……」

「浅はか過ぎない?」


 旺飼さんって確かザニー社の専務なんだよね?

 こんな抜けた人で大丈夫なのかな。

 普段はセレブっぽい立ち振る舞いをしているのに、意外と天然系なのかも……。


 とにかく楓坂さんを助けるためには、幻十郎さんに理解をしてもらわないといけない。


 私は彼の前に正座で座って、頭を下げた。


「幻十郎さん。話をしたいと言ったのは私なんです」

「フンッ! 大方、舞の結婚の妨害だろ。……黒ヶ崎のやり方が間違っているのはわかっておる。だが……すでに時代についていけないくなったワシが会社を維持するには黒ヶ崎にすがるしかないんじゃ……」


 旺飼さんから聞いていた通りだ。


 幻十郎さんは根っからの悪人じゃない。

 だけど黒ヶ崎さんの言いなりで、政略結婚やライバル企業潰しのようなことをするようになってしまった。


 でもそれなら、まだチャンスがある。


「幻十郎さん、少し違います」

「なに?」

「今日私が来たのは、幻十郎さんの相談相手になるためです」

「まだ学生のお嬢ちゃんが……ワシの……相談相手にじゃと……?」

「幻十郎さんがこんなことをするようになったのは、黒ヶ崎さんしか頼れる人がいないからですよね? なら、その代わりになる人をご紹介します」


 手が震えそうになる。声が上手く出せない。

 だけど幻十郎さんの理解を得られるように、私は必死に自分を演じた。


 幻十郎さんはというと鼻で笑って、アゴを掴むように触れた。


「フンッ! 何をいい出すかと思えば、女子高生が思い上がるな! なら新しいアパレル店を起業するならどうやってサポートするんじゃ? 答えられるか?」


 よし! 勝った!


 もしここで全く相手にされなかったら私の負けだった。

 だけど、少しでもこちらの話に乗ってくれた。


 もう大丈夫だ!


 私はお母さんから預かっていた名刺ホルダーを取り出して、三枚の名刺を幻十郎さんに渡した。


「えっと……、この人達を紹介します」

「何が紹介だ。ふざけおって……。……。ん……なっ!? なんだと!?」


 最初は馬鹿にするような態度を取っていた幻十郎さんは、急に姿勢を正して名刺をじっくりと見る。


「この御方はアパレル業界のかつてカリスマと呼ばれた人! それにこの人は数々のコンテストで受賞した建築家!! こっちもか!? バカなッ!」

「お母さん……蒼井結香里あおいゆかりの名前を出してくれれば、力を貸してくれるはずです。もちろん悪いことはNGということで……」


 幻十郎さんは信じられないという顔で私を見て、続けてお母さんの方を見た。


「ゆかりと言ったか……。あんた、どうしてこんな人脈を……」

「昔からよく頼まれごとをされるのよ。その度に知り合いが増えただけね」

「……まさかフィクサーというやつか」

「そんな大げさなことじゃないわ。たまたま知り合いが多いから、必要に応じて人や企業を紹介しているだけ。あとのことは知らないわ」


 続けてお母さんはわざとらしく突き放すように言い放つ。


「いちおう言っておくけど、私は娘のためにここに来ているだけだから、何か頼むなら結衣花を通してちょうだい。以上」


 再び私を見る幻十郎さんの目は、さっきまであった傲慢さが消えていた。

 代わりにずいぶん戸惑っているように見える。


「私はまだ女子高生で……直接できることはありません。けれど、いろんな人と協力できる方法ならご相談に乗れると思います。だから楓坂さんを自由にしてくれないでしょうか?」


 これが私の答えだった。

 確かに少しだけ絵は描けるけど、プロの人達から見ればまだまだだ。

 私は未だに特別なことは何もできない。


 だけど協力しあうための懸け橋にはなれるかもしれない。


 半年前、私はお兄さんにコミュニケーションは他人の歯車になるためのものといったことがある。

 だけど使い方さえ間違えなければ、誰かの役に立つことができると気づいた。


 それで人を助けられるのなら、これほど嬉しい事はない。


「さっき幻十郎さんは黒ヶ崎さんのやっていることは間違っているって言ってましたよね? なら、今が変われる機会ではないでしょうか」


 すると幻十郎さんは肩の力をスッと抜いて、穏やかな表情で笑った。


「……参った。お嬢さんの勝ちだ」

「じゃあ!」

「ああ、孫を……。楓坂舞を君達に返すよ」



■――あとがき――■

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投稿は朝と夜、7時15分頃です。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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