12月21日(月曜日)窮地と復活
黒ヶ崎に楓坂を連れ去られた後、俺は一度会社に戻ってきた。
自分の席に座る俺の顔を、音水は消毒液を使って手当をしてくれる。
「笹宮さん……、大丈夫ですか?」
「ああ……。チィ……。あいつ、手加減なしで殴りやがって……」
すぐ近くにいる先輩の紺野さんは怒りが爆発する寸前の形相で、俺を心配そうに見つめている。
別チームでライバルになっていたが、なんだかんだでこの人は俺のことをかわいがってくれているんだ。
「警察に言いつけようぜ! こんなこと、黙ってる道理はねぇ!」
そういう紺野さんに、俺は首を横に振る。
「いえ、ダメです……。もしそんなことをしたら、黒ヶ崎は俺と結衣花の関係を面白おかしく作り上げてネットに流す……。そうなれば結衣花が普通の生活を送れないようになってしまいます」
あの男の陰湿さは、間接的に人質を取るところにある。
俺と結衣花の間に不純な関係はなに一つない。
だが会社員と女子高生が一緒にいて、悪意のある情報で飾って拡散されれば結果は目に見えている。
だからこそ楓坂は黙って、あれだけ嫌がっていた爺さんの元へ行くことになったんだ。
歯ぎしりをした紺野さんは耐えかねて、机に拳を叩きつけた。
「くっそぉ!! 黒ヶ崎とかいう男、なんなんだ! ふっざけやがって!」
商業施設の担当者も黒ヶ崎の存在に怯えて、何もアクションを起こしていない。
おそらく下手に手を出してしまうと報復があると思って警戒しているのだろう。
その時、旺飼さんから電話が入った。
『笹宮君、すまない……。話たいことがあるのだが……、ん? どうしたんだね?』
「旺飼さん……」
スマホをスピーカーモードにして、俺はさっきあったことを全て話した。
黒ヶ崎という男が邪魔をしてきたこと。
結衣花の立場を人質にし、手も足も出せないこと。
そして楓坂が連れて行かれたこと……。
旺飼さんは感情を押し殺して、静かにつぶやいた。
『そうか……。黒ヶ崎め……。そんな強硬手段を……』
ふー……っと、怒りを抑えるように息を吐いた旺飼さんは、淡々と話を進めた。
『いい機会だ。少しあの男について話しておこう。黒ヶ崎は『潰し』を得意とするコンサルタントで、経営者からは疫病神として嫌われているんだ」
「潰し?」
「自社やクライアントのライバル企業をさまざまな方法で蹴落とし、結果的に利益を上げることだ。そのため、多くの経営者たちは黒ヶ崎に関わらないようにしている」
黒ヶ崎が所属するゴルド社は、起業やサービスの立ち上げを支援するコンサルタント会社だ。
だが、そこで障害になるのがライバル企業。
どうやら黒ヶ崎はそういったライバル企業を潰すことで、実績を重ねてきたようだ。
しかし、経営者たちが黒ヶ崎と関わらないようにしているということは……。
俺は旺飼さんに訊ねた。
「つまり、私達が助けを求めても力を貸してくれないということですか?」
「ああ。人によっては黒ヶ崎の味方をするだろう。笹宮君が殴られたという話も、周囲の人間にウソの証言をさせてなかったことにされるだろうね」
クッ! ここまでやっかいなやつなんて……!
頼ることもできず、ただ立ち尽くす以外に方法がない。
こんな理不尽なことを受け入れないといけないなんて……。
「俺は……結局……、無力ということなのか……」
どうしようもない憤りに歯を食いしばった時、俺の手に音水が触れた。
彼女は優しい口調で語り掛ける。
「笹宮さん、そんな顔をしないでください」
「音水……」
「あなたはどんな時でも真っすぐで、そして希望を与えてくれたじゃないですか。だから私は……、みんなが笹宮さんのことを頼りにするんです」
顔を上げると、音水は慈愛に満ちた表情で俺を見つめていた。
教育係として彼女を育てたつもりだったが、いつのまにか彼女は俺を支えるようになっていた。
仕事だけじゃない。彼女は人間としても成長していたんだ。
その横に立つ紺野さんは「へっ!」と強気に笑って見せる。
「笹宮。俺達はチームは別れても仲間だろ。ちょっとは頼りにしろよ」
「紺野さん……」
嬉しいと感謝が混ざり合い、激しい気持ちが沸き起こる。
感動という言葉が陳腐に思えるほど、俺は今この場にいられることを嬉しく思った。
……その時、旺飼さんは何かを思い出したように声を上げた。
スマホのスピーカーを通して、旺飼さんは話始める。
『そういえば……、黒ヶ崎は一度だけ負けそうになったことがあるんだ……』
「……どういうことですか?」
『黒ヶ崎がインドのある企業を潰そうと動いていた時、突然現れた敏腕プロモーターが彼を撤退に追い込んだらしいんだ』
プロモーターと言うのは、広報やイベント企画を行って商品が売れるようにすることだ。
ある意味、俺達イベントプランナーと近い存在と言えるだろう。
「それはつまり、実質黒ヶ崎に勝ったってことですか?」
『ああ……。我々企業側も黒ヶ崎の存在は危険視していたから、その敏腕プロモーターが現れた時は救世主だと絶賛したものだ。もっとも表舞台に姿を出さないので名前くらいしか知らないがね』
すると音水が首を傾げた。
「インドの企業を助けたって、どこかで聞いた話ですね……」
「ああ……、俺も同じことを考えていた」
そう……、最近どこかで同じような話を聞いたことがあるのだ。
身近なところでだったと思うのだが……。
俺達の戸惑いを知らず、旺飼さんは話を続けた。
『ちなみに彼女はゴルド社のライバル企業で働いているらしい。名前は……たしか雪代という若い女性だったはずだ』
「雪代……? 雪代希美ですか!?」
『ああ、そうだ。たしかそんなフルネームだったと思う』
信じられない状況に俺は驚いた。
まさかここで元カノの名前が出てくるなんて、誰が想像するだろうか。
「信じられない……」
すると音水がすかさず話に割って入る。
「いえ、間違いありませんよ! 思い出してください! ハロウィンコンテストの時、笹宮さんが現場に入る許可を出してもらった時のことを!!」
「そういえばあの時、社長は雪代の名前を聞いた直後に許可を出してくれたんだった。あの時はどうしてなのかと疑問に思ったが……」
「たぶん社長も黒ヶ崎と雪代さんの対決を知っていたんです!」
わずかに見えてきた希望に俺は再び気合を入れ直した。
席を立ち、音水と紺野さんを見る。
「雪代に会いに行こう。もしかしたら、打開策が見つかるかもしれない!」
■――あとがき――■
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