12月21日(月曜日)企み
商業施設から企画対決について連絡が入り、俺は指定された場所へ向かっていた。
俺が運転する自動車の助手席には音水が乗っている。
「しかし、どうして運営は俺を呼び出したんだろうか」
「企画対決に勝ったから、今後の打ち合わせじゃないですか?」
「……そう……だよな」
確かに土曜日に公開されたプレゼン動画では、ユーザーから一番の評価を受けた。
だが運営は未だにはっきりとした答えを出していない。
こういう場合、もったいぶらずに話を進めた方が今後の仕事を円滑に進められると思うのだが……。
……だがそれより、俺は助手席に座っている後輩に疑問を投げかけた。
「それにしても音水……。お願いって、特別チームの手伝いでいいのか?」
「だって笹宮さんとこうして一緒に仕事をするのって久しぶりじゃないですか。私はやっぱり笹宮さんと一緒に仕事をしている時が楽しんです」
「社長の許しが出ているから別に構わないんだが……」
成り行きで音水のお願いを一つ聞いてやることになったのだが、その内容は特別チームの手伝いをさせて欲しいというものだった。
どちらにしても商業施設のイベントを回すにはブロンズ企画社の人や備品を使うことになるので、音水に手伝ってもらうことは願ったり叶ったりだ。
だがお願いというのであればプレゼントや食事のような、もっとプライベートなことを頼めばいいのに……。
しばらくして車は商業施設が指定するホテルに到着した。
そこは駅ビルから少し離れた場所にある、高級ホテルだった。
言われた通りホテルに入ると、待っていたスタッフが俺を部屋まで案内してくれる。
だがスタッフの様子は、どこかよそよそしい……。
妙だ。とても企画対決で勝った後の打ち合わせとは思えない。
まだ何かあるというのか。
まもなく目的の部屋に到着した。
その時――、
「納得できません!」
部屋の中から大声が聞こえてきた。
この声は……楓坂か。
「失礼します」
ドアを開けて中に入ると、楓坂は驚いた様子で俺を見た。
だがすぐに下を見る。
「楓坂、どうしたんだ……」
「それが……」
普段の彼女が見せないような辛そうな表情だ。
どうやらトラブルみたいだな。
「くくく……。自分の方から説明しましょう」
すると今度は部屋の隅から男性の笑い声がした。
嫌悪感をかき立てる悪意に染まった笑い方……。現れたのはゴルド社の秘書・黒ヶ崎だ。
「今回の企画対決において、あなたがリーダーを務める特別チームは失格なんですよ」
「……どういうことだ?」
「これを見てください」
黒ヶ崎が差し出したのは……俺と結衣花が一緒にいる時の写真だった。
特にどうという事はない。
いつものように電車の中で結衣花が俺の腕を掴んでいるだけ。
これの何が問題というんだ。
「これがどうかしたか?」
「いやはや驚きましたよ。笹宮様が女子高生とこんなに親しい関係だったなんて……」
「いちおう言っておくが、結衣花は一緒に話をするだけでそれ以上の関係はないぜ。彼女の母親も俺のことは知っている」
結衣花の母親、ゆかりさんは俺のことを認めてくれている。
もしこういった誤解があれば、ちゃんと説明してくれると約束をしてくれているほどだ。
しかし、黒ヶ崎は含み笑いを止めなかった。
「そうかもしれませんね。でも……企画対決の優勝チームのリーダーが女子高生をたぶらかしていたと説明して、そのことをネットに流せばどうなるでしょうか?」
「意図的に勘違いをさせて炎上させるつもりか……」
「真実なんてどうでもいいんですよ。情報さえ使いこなせば、笹宮様を潰すなどどうということはないということです」
この黒ヶ崎という男……。初めて会った時からうさんくさいと思っていたが、ここまで陰湿な性格だったとは。
「俺達は真剣に頑張ってきたんだ。これ以上、妨害をするようなことは止めてくれ!」
「くくく……。自分に歯向かっていいんですか? もしこの話をネットに流したら、結衣花という少女の人生はどうなるでしょうねぇ……」
「……脅すつもりか」
「そんな物騒な。自分はただ、舞様が戻って来てくれればいいだけです」
……そういうことか。
黒ヶ崎を雇っている楓坂幻十郎は、楓坂舞をアメリカに連れて行こうとしている。
目的は政略結婚の道具にするためだ。
この男は仕事で敵わないと知り、こうして強硬手段に打って出たというわけか。
だが、この状況はヤバい。
もしここで揉め事を起こせば、結衣花の進路にも影響する……。
チィ! どうする!!
その時、楓坂が苦しそうに話に入ってきた。
「……わかったわ。私がお爺様の元へ行けばいいのね」
楓坂の一言を聞き、黒ヶ崎は唇を吊り上げる。
「ええ、その通りです」
「その代わり、結衣花さんにはちょっかいを出さないで。それと特別チームにも……」
「約束しましょう。自分はこう見えてキッチリした性格ですので。くくく……」
すかさず俺は楓坂を引き留めようとした。
だが、近くにいた二人のボディーガード達に行く手を塞がれる。
さすがに怒りが頂点に達し、俺は声を上げる。
「黒ヶ崎! これがお前のやり方か! この前の企画対決で負けたことが、そんなに悔しかったのか!」
「なん……だと……」
突然、黒ヶ崎は鬼気迫る形相で俺に向かって走ってきた。
そのまま勢い任せで、俺に拳を叩きつける。
「負けてない! 負けてないって言っただろ!」
「ぐっ!」
「自分は! 自分は負けてない!! お前みたいな平社員なんかに、負けるはずがない!!」
何度も何度も、黒ヶ崎は理性を失った獣のように俺を殴った。
あまりにもその様子が異様だったからなのか、近くにいたボディーガードが黒ヶ崎を俺から引き離す。
黒ヶ崎は肩で息をしながら、ようやく落ち着きを取り戻した。
「はぁ……はぁ……。く……、くくく……。まぁ、いい。……これから惨めな負け犬の姿をさらすのは笹宮様の方なんですからねぇ……。くくく……」
そう言い残し、黒ヶ崎は楓坂を連れて行った。
きっと、このホテルのどこかに監禁するつもりだろう。
待っていろよ、黒ヶ崎……。
絶対に楓坂は渡さない。結衣花にも手を出させない!
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