12月21日(月曜日)落ち込み気味な音水のおねだりは?
いよいよ年末の雰囲気が強くなってきた月曜日。
俺は勤め先であるブロンズ企画社に出勤した。
机にカバンを置き、マフラーをほどいたところでこちらを見ている視線に気づく。
振り向くと、壁に隠れるように音水が立っていた。
「……おはよう、音水。どうしたんだ?」
「おはよう……ございます」
挨拶をした音水は俺の近くまでやってくる。
だがいつもの勢いはなく、その表情は落ち込み気味だ。
「もしかして企画対決のことを気にしているのか?」
「……はい」
土曜日に公開された人気投票では特別チームの方が上だった。
もし問題がなければ、今日中に商業施設の担当者から連絡が来ることになっている。
本決まりというわけではないのだが、それでも目に見える形でプレゼンに負けたことがショックなのだろう。
「……私、すごく頑張ったんです」
「ああ、いい企画だったよ」
「でも……、負けちゃいました……」
あれだけ自信を持っていたんだ。
落ち込んでもしかたながない……。
実際、アニメとテーマパークを使ったダブルコラボは強力だった。
だが、その対象は直接来場できる人に限られる。
その点俺達はゲームを通じたイベントにすることで、来場できない多くの支持を集めることができたのだ。
しかしダブルコラボは間違いなく強力な企画だった。
調整力や落としどころも完璧だ。
もし人気投票の方法が違っていれば、結果は逆だっただろう。
「音水……。大切なのは勝ち負けじゃないと思うんだ。最高の自分を出し切ったからこそ、得られる何かがあるとおもわないか」
「……笹宮さん」
「だから落ち込むな。音水は俺の自慢の後輩だ」
心からの本心だ。
六月時点では会社にいられなくなるかもしれないと言われていた彼女が、今やなくてはならない存在となった。
……と、心の中でべた褒めしていた俺に音水は言う。
「それってつまり……、勝ち負けに関係なくお願いを聞いてくれるってことですね」
「どうしてそう解釈した?」
「強引に考えてみました」
「都合よすぎじゃね?」
今回の企画対決で『もし勝てたらお願いを聞いて欲しい』と言われていたんだっけ。
クリスマスの誘いを断った負い目もあって受け入れたのだが、まさかこんなふうに攻めてくるとは……。
やはりこの後輩、あなどれん。
「ちなみになんだが……どんなことをお願いをするつもりなんだ?」
クリスマスの誘いを断ったのだから、さすがに恋人的なことを求めてはこないだろう。
となると、きっとささやかな内容だ。
ランチかスイーツをおごって欲しいとかそんなところじゃないだろうか。
最近は結衣花と食事をする機会が増えたので、俺の食事センスも高くなったはず。
今の俺なら音水に気持ちよく食事を楽しませせてあげることができるだろう。
だが音水の反応は……、
「え!? ここで言うんですか!」
「ああ。できる範囲でなら構わないぞ」
「で……でも朝の職場ではちょっと……。私にも羞恥心という感情がわずかながらに残っていますので……。あ、でもですね。そういうオフィスラブ的な展開も背徳感があっていいと言うか……。むしろ期待していると言うか……」
「なにを考えとるんじゃい」
クリスマスの誘いを断ったのでもう恋愛トークはしてこないと思ったが、音水はまったく変わっていなかった。
きっと今も、俺にカノジョはいないと思っているんだろうな。
「でもせっかくなので、思い出に残るようなことがいいですね」
そういう音水に訊ねる。
「たとえば?」
「同じマフラーを二人で使って歩くとかどうでしょう」
「それは先輩後輩でやることじゃないと思うんだが?」
どんなことかと思えば、ラブラブカップルがやってそうなシチュエーションじゃないか。
加えて一緒のマフラーをするとなれば、距離がかなり近くなるだろう。
その状態で歩けと?
二十六歳の男に?
さすがに難易度が高すぎだぜ……。
困り果てる俺を見て、音水はニヤァ~と笑った。
「おっやぁ~。笹宮さん、もしかして恥ずかしいんですかぁ~」
「そりゃあ……、恥ずかしいだろ……」
さては俺を困らせて楽しむのが目的だな。
最近の後輩はからかい上手になり始めているので非常に困る。
だがここで何もしないというのは、それはそれで申し訳ない。
しょうがない。
二人でというのは無理だが、ちょうど手元にマフラーがある。
これを巻いてやろう。
「とりあえずこれを使え。寒さは防げるはずだ」
「はうわっ!?」
「どうだ?」
「あ……暖かいです! 笹宮さんの体温が伝わってきます!」
「暖かいのは遠赤外線効果だと思うぜ」
■――あとがき――■
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次回、大きな変化が起きる!?
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