12月17日(木曜日)ピンチと逆転


 企画対決の収録日。

 これから各チームのプレゼンが始まろうとしていた時、スタッフに変装した結衣花が現れた。


「……で、結衣花。どうしてここにいるんだ」

「担当さんに見学させて欲しいって言ったら、スタッフとしてならいいって言われたから」

「それで変装か」

「うん。似合ってるでしょ」


 丸みのあるキャスケット帽子に、薄い色の入ったサングラス。

 そしてスタッフ専用のジャージを羽織っている。

 パッと見ただけではわからないだろう。


 しかし……。


「そもそも、なんで変装しているのに俺の前に来るんだよ。そんなにバレない自信があったのか?」

「うーん。バレるとは思ったけど、せっかくだし話し掛けてみようと思って」

「おいおい。こっそりしてねぇじゃん」


 その時、席を外していた楓坂が戻ってきた。


「ただいま戻りました……って、あら? スタッフさん?」


 楓坂は俺の隣にいる結衣花を見て、そう訊ねてきた。


 別に結衣花だとバレても困ることはないのだが、せっかく変装しているんだ。

 わざわざバラすようなことをしなくてもいいだろう。

 もっとも、すぐにわかると思うけどな。


「……ああ。飲み物を運んでくれたんだ」

「うふふ、嬉しいわ。ありがとう」


 楓坂はペットボトルを受け取ると、ひと口飲んで「おいしっ」と可愛らしく微笑む。


 ……あれ? 全く気づいていない?


 その様子を見て、結衣花は小声で言う。


「意外とバレないものだね」

「楓坂って、天然なところがあるからな……」


 そうこうしているうちに、企画対決の収録が始まった。

 トップバッターは紺野チームだ。


 壇上に上がった音水は向けられたカメラを気にせず、ハキハキとプレゼンを始めた。


「ブロンズ企画社の音水です! まずはこちらの映像をご覧ください!」


 今回の企画対決は動画投稿サイトで公開し、ユーザーから多くの支持を集めたものが優勝となる。


 そのためには単純に企画としていいだけでなく、プレゼンの見栄えや印象が大きく結果に左右される仕組みとなっていた。


 もちろん投票後は運営の審査はあるが、費用や内容の調整はいくらでもできる。


 ……と、ここで結衣花が訊ねてきた。


「ブロンズ企画社って、お兄さんが勤めている会社だよね。なんでブロンズなの?」

「社長の苗字が銅乃塚なんだ。それで銅繋がりでブロンズにしたらしい」

「でも銅って英語だとカッパーだよ?」

「カッパーだと妖怪の河童みたいだろ? それで青銅の意味を持つブロンズにしたそうだぜ」

「どうせならゴールドとかダイヤモンドにすればいいのに……」

「俺もそう思ったことはある」


 一方、檀上では音水のプレゼンが進んでいた。

 丁寧な喋り方でありながら、声に自信がある。

 いいプレゼンだ。


 そして紺野さんへとバトンタッチした音水は檀上を降りた後、俺の方を見てガッツポーズをしてみせた。


 やれやれ。ライバルになっても褒めてオーラを出してくるんだな。

 あとで思いっきりべた褒めしてやろう。


 プレゼンの様子を見ていた結衣花は感心していた。


「やっぱりすごいね。前より面白そうになってる」

「こうして競わせることによって企画の質を上げるのもクライアントの狙いなんだろうな」


 続いて黒ヶ崎が関わっているイベント会社のプレゼンが始まった。

 だがその内容は……新メニューを使ったグルメ対決だった。


「え!? あれって、お兄さん達の企画と同じじゃ……」


 驚く結衣花。

 無理もない。グルメ対決だけでなく、動画サイトを使った人気投票というところまで一緒なのだ。


「あれって反則じゃないの?」

「いや……。グルメ対決や人気投票はよく使われている企画だからな。それに向こうの目玉は、有名タレントをゲストに呼んでいることなんだよ」


 イベントはいかに来場者を集めて利益に繋げるか、この一点だ。


 確かに企画の骨組みはほぼ同じだが、有名タレントを起用したことでコンセプトは全く別モノとなっていた。


 すると蛇のような顔をした黒ヶ崎が、いやらしい笑みを浮かべながら近づいて来る。


「くくく……。さすが笹宮様、わかっていらっしゃる。そう……、あのイベント企画のメインはグルメ対決ではありません。人気タレント達によるバラエティ豊かなトークショーなんですよ」

「それなのに、わざわざ俺達の企画に似せてくるところに悪意を感じるんだが?」


 黒ヶ崎は「もちろん」と唇を吊り上げた。


「我々の目的はあなた方……特別チームを潰すこと……。ここで特別チームが敗退すれば社内ベンチャーの話は消え、あなたが舞様を引き止める口実は消える。あとは彼女を……くくく……」


 これが黒ヶ崎の狙いか……。

 よそのイベント業者を巻き込んで、つまらないことをしやがる。


 だが、似た内容の企画が提案されれば特別感が薄れ、グルメ対決というコンテンツのパワーが弱くなる。


 黒ヶ崎は勝つためでなく、俺達特別チームと共倒れになることを狙っているんだ。


「……品がないぜ、黒ヶ崎」

「負け犬の遠吠えにしか聞こえませんね」


 そう……。もしこのままやられっぱなしなら、負け犬と言われても反論できないだろう。


 だが、俺達はとっくにその課題をクリアしていた。


 隣に立っている楓坂は腕を組んだまま、いつもの女神スマイルで言い放つ。


「うふふ。ひとりで自爆していく負け犬さんを見ていると、とてもとても滑稽でかわいそう。笑うのを我慢するのが大変ですね」

「安心しろ。俺も実はかなり我慢している」


 俺達の余裕たっぷりのセリフを聞いて、黒ヶ崎は表情を怒りに染めた。


「なっ!? なんだ、その言い方は! 多少テコ入れをしたところでグルメ対決企画に大きな差は生まれない! あなた達はここで負ける! 見下すような発言は控えたまえ!」


 よほど俺達の態度が気に入らなかったのだろう。

 黒ヶ崎はまるで別人のように激昂して叫んだ。


 たしかにグルメ対決企画は演出方法に違いはあれど、大きな差を生みくい。

 それ以上の魅力を生み出すには、やはり人気のあるゲストを連れてくるのが最善だろう。


 だが、黒ヶ崎は根本的なところで間違っているのだ。


「悪いな、黒ヶ崎。俺達が提案する企画は、もうグルメ対決じゃないんだ」

「なんだと!?」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、笹宮が仕掛ける新企画に、黒ヶ崎が慌てふためく!?


投稿は毎朝7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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