12月17日(木曜日)黒ヶ崎という男


 午後四時前。

 俺達は商業施設の中にある会議室に集まっていた。


 会議室と言っても机などは撤去され、代わりにさまざまな撮影機材が設置されている。


 この商業施設は元々動画サイトやSNSの活動に力を入れていて、その撮影方法もプロを雇うなど本格的なものになっていた。


 四時から始まる収録に向けて俺と楓坂が準備をしていると、今回の最大のライバルである紺野さんと音水がやってきた。


「いよぉ、笹宮! 調子はどうだ!」

「こっちは万全ですよ」

「へっ! オレ達の方はもっと万全だぜ」


 紺野さんは挑戦状を送るかのように、俺の体に拳をトン……っと添えた。


「普段なら笹宮に勝ちを譲ってやってもいいんだが、今回は結衣花と一緒に仕事をするチャンスだ。わりぃが勝たせてもらうぜ」

「こっちも負けませんよ」


 紺野さんは結衣花の親戚で、彼女のことをとてもかわいがっていると聞いている。


 今回は結衣花がプロデビューする機会だ。

 その活躍を自分の力で支えたいと思うのは、イベント業務をこなす俺達ならではの思考だろう。


 今度は音水が近づいてきた。


「笹宮さん。この企画対決で私達が勝ったらお願いを聞いてくれる約束、忘れないでくださいね」

「ああ、わかってるよ」


 すでに勝者のオーラを纏った二人は挨拶をほどほどに済ませて、自分達の準備に戻っていった。


 楓坂は去っていく二人の後ろ姿を見ながら、不満そうに唇を尖らせた。


「なんだか、紺野さんのチームはもう勝ったつもりでいるようですね」

「それだけの企画内容に仕上げてきたということだろう。だが……、俺達も負けてないさ」


 企画対決二回戦で紺野チームは圧倒的な結果を出した。


 あれから二週間。

 俺達は何度もミーティングを重ねて企画内容を練り直した。


 動画サイトを使ったプレゼン……。

 ユーザーからの人気投票を行う審査方法……。

 そして商業施設の来場者のニーズ……。


 様々な情報を改めて分析して、今回の企画を作ったんだ。

 簡単に負けるつもりはない。

 

 ――その時だった。


「どうでしょうかねぇ」


 振り向くと、四十代くらいの男が立っていた。


 その人物のイメージを一言で言うなら蛇だ。

 ねっとりと舐めまわすような視線。粘るような気持ちの悪い笑み。

 細身で姿勢もいいが、顔色の悪さから不健康な印象がある。


「初めまして笹宮様。自分はゴルド社の黒ヶ崎くろがざきと申します」


 黒ヶ崎と名乗った男は名刺を俺に手渡した。


 ゴルド社……、聞いたことがあるな。


 たしかアメリカに本社を構える経営コンサルタント会社で、起業やサービスの立ち上げを支援する業務を行ってるんだ。


 以前ネットの特集記事で、『勝率百パーセントの最強企業』というタイトルで紹介されていたっけ。


 すると隣にいた楓坂が警戒した様子で耳打ちをしてくる。


「ゴルド社の社長は私の祖父、楓坂幻十郎です。そしてあの黒ヶ崎はお爺様の秘書なんですよ」

「じゃあ……楓坂を連れ戻そうと乗り込んできたのか?」

「わかりません。ですが気を付けてください。この男は悪意をこねて作られたような人間ですよ」


 その会話が聞こえたのだろう。

 黒ヶ崎はいやらしさを帯びた笑い声上げる。


「くくく……。ひどいではありませんか、舞様」


 もし楓坂に言われなくても、この男が悪意を持って行動していることは明確に伝わってくる。

 今までいろいろなトラブルはあったが、黒ヶ崎から放たれる怪しさは通常ではなかった。


「さて、笹宮様……」


 黒ヶ崎は死んだ魚のような目で俺を睨む。


「舞様を社内ベンチャーの代表にすることで幻十郎様の誘いを断る口実を作る……。平社員のくせに、ずいぶんと舐めたことをしましたね」

「悪いが男を舐める趣味はないぜ」

「減らず口を叩く時点で、すでに舐めているのですよ……」


 なるほど……。

 どうやら黒ヶ崎の目的は楓坂を連れ戻すことだけではなく、俺への仕返しもあるようだ。


 宣戦布告を言い終えた黒ヶ崎は場を離れようとしたが、何かを想い出して足を止めた。


「そうそう……。繰り上げで決勝に進んだイベント業者ですが、実は自分の知り合いでしてね。わずかばかりですが入れ知恵というものをさせて頂きました。それでは……」


 黒ヶ崎はそう言い残して、無名のイベント企業チームの元へ歩いて行った。


 まさか雪代が棄権した代わりに、あんな奴らが上ってくるなんて。

 偶然なのか……。それとも……。


 俺の疑問を見抜いたように楓坂が説明をしてくれた。


「秘書と言っているけど、黒ヶ崎はお爺様の参謀のような男よ」

「へぇ……。たしかに陰険っぽい性格だな」

「……もともとお爺様は優しい人だったのよ。でもあの黒ヶ崎という男が現れてから、おかしくなってしまったわ」


 人が一番変わってしまう原因は人ってことか。


 俺も結衣花たちと巡り合わなかったら、今頃は周囲に無関心な無愛想主義のままだったんだよな。

 そう考えると、俺は恵まれているのだろう。


 ……と、ここで楓坂のスマホに連絡が入った。


「あら、いけない。笹宮さん。私、ちょっと席を外しますね」

「ああ」


 あの反応はたぶん旺飼さんからのLINEだったのだろう。

 楓坂はそそくさと部屋の外へと向かった。


 その直後、商業施設のスタッフの女性がペットボトルを差し出してくれる。


「お水です」

「ありがとう……」


 あれ? このスタッフさん、どこかで会ったことないか?

 帽子とメガネで隠しているが、この身長と声ってもしかして……。


「……スタッフさん。ちょっといいですか?」

「はい?」


「ずいぶん若いように見えるけど、歳はいくつだ?」

「守秘義務を主張します」


「女子高生だよな?」

「ご想像にお任せします」


「……結衣花。……ここで何をしている」

「まさかお兄さんにバレるとは思わなかったよ」


 おまえ、ここでなにやってんだよ……。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、突然現れた結衣花。いったいなぜ!?


投稿は毎朝7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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