12月17日(木曜日)結衣花が渡すもの


 いよいよ企画対決のプレゼン日になった。

 通勤電車に乗りながら、俺はプレゼンに向けて気持ちを高めようとする。


 だが今回のライバルは我が社のエースの紺野さん、そして才能を開花し始めた音水だ。


 このプレゼンに勝てば特別チームの社内ベンチャー化が認められ、楓坂がアメリカに連れて行かれることを防ぐことができる。


 そして結衣花と一緒に仕事をすることができ、後輩にしてあげるという約束を疑似的にではあるが叶えることができるのだ。


 普通に戦えば勝率は低いかもしれないが、可能な限りの準備は整えてきた。

 今なら勝算はあるはずだ……と考えつつも、不安は消えていない。


 俺が不安になっていたらチームのみんなに悪影響を与える。

 まずは落ち着こう。


 ……その時、いつもの挨拶が俺に気持ちを和らげてくれた。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ。結衣花」


 不思議なものだ。

 たった一言なのに、すごく落ち着く。

 さっきまであった不安はスーッと薄くなっていった。


 結衣花はいつものように腕を二回ムニる。

 そして車内にあるクリスマスのポスターを見た。


「そういえばさ……。後輩さんとは最近どうなの?」

「今回はライバル関係だからな。たいしたやり取りはしてないさ」

「うーん。今はそうかもだけど、クリスマスとか予定を入れてないの?」


 クリスマスか。

 まだまだ先だと思っていたが、来週の話なんだな。

 時間が経つのって早い。


「いちおう誘われたと言えば、誘われたんだが……」

「ほうほう。それで?」

「断った」

「なんで?」

「まぁ……。いろいろあってだな」


 音水から一緒にクリスマスを過ごそうと言われていたが、何度も説明をしてようやくわかってもらった。

 その代わりとして、このプレゼンで負けたらお願いを一つ聞いてやることになっている。


「そっかぁ。お兄さんに本命の彼女ができたんだね。もう救いようがないと半分諦めていたけど、ついに願いが叶う時が来たんだ。おめでとう」

「俺、どんだけ絶望的な状況に立たされていたわけ……」


 祝ってくれてんのかバカにしてるのか、よくわからんコメントだ。

 しかし、俺と楓坂って微妙な関係なんだよな。


 いちおう告白はされているが、俺の方から近づこうとするとアイツは逃げていく。

 かと思えば、思い出したようにアプローチをしてくる。


 楓坂は彼氏彼女の関係よりも、今の状態をキープしたいと思っているからなのかもしれないが……。


「いちおう言っておくが、まだ彼女とかじゃないんだ」

「お兄さんの片想いってこと?」

「そういうわけじゃないんだが……」


 お隣さん以上恋人未満というのがまさしく俺達なのだが、いざ説明しようとすると難しい。


 説明に困っている俺に気づいた結衣花は、察した様子で話を進めた。


「もしかして何度も機会はあったのに、お互いにタイミングを逃し続けて前に進めなくなったって感じ?」

「……まるで見てきたかのように言うんだな」

「見てはないけど、そうなのかなーと思って」


 鋭い……。

 俺が言いたかったのはまさしくそれだ。


「でもクリスマスに彼女候補さんと一緒にイチャイチャするんでしょ? もうそれってカレカノ決定じゃん」

「いや……。たぶんしない。というかできない」

「なんで?」

「それ以前のところで頭ぶつけたり、転んだり、勘違いがあったりして、そんな雰囲気は壊れる」

「いったい二人の間になにが起きてるの……」


 ありのままを伝えたのだが、結衣花は戸惑っているような困っているような、微妙な表情で俺を見た。


 いや……わかるよ。

 俺と楓坂の関係って、なんかおかしいんだよな。


 だがお互いに恋愛ベタだから、どう進んでいいんかわからんのだ。

 どうか勘弁してくれ……。


 だが、俺は一つだけ気になっていることがあった。


「なあ……。結衣花は……もし俺に彼女が出来たらどう思う?」

「別に。よかったーって思うかな」

「それだけ?」

「うん。いちおうお兄さんのことは応援しているつもりだし」

「……そうか。……そうだよな」

「なんで落ち込んでるの?」

「落ち込んではいないが……」

「変なの」


 まぁ、確かに変だ。

 俺はどうしてそんなことを訊いたのだろうか。


 いくら仲がよくなったとはいえ、俺は社会人で結衣花は女子高生だ。

 それに結衣花は俺に彼女ができることを応援してくれている。

 気にする必要はないはずだ……。


 俺の戸惑いに気づいたのか、結衣花は話題を変える合図を出すようにカバンのショルダーベルトを持ち直した。


「そう言えば今日がプレゼン動画の収録日なんだよね?」

「ああ、そうだな」

「もしかしてそれで不安になってるとか? よく効くおまじないなら知ってるよ?」


 さっき俺が戸惑っていたのはプレゼンが理由ではないが、確かに不安がないと言えばウソになる。


 心配をさせるわけにもいかないし、ここは強いお兄さんを演じておこう。


「ふっ……。今まで何度プレゼンを成功させてきたと思ってるんだ。余裕だぜ」

「そうなんだ」

「まぁな」


 決まった。今の俺ってかっこいいんじゃね?

 結衣花も見直してるはずだ。


 続けて俺は彼女に訊ねる。


「……ところで、そのおまじないってどんなの?」

「お兄さんのそういう素直なところ、変わらないよね」


 あきれた様子でそういった結衣花はカバンから何かを取り出す。


「はい。これを持っていればいいよ」

「……お守り?」

「うん。仕事運がアップするやつ」

「……わざわざ買ってきてくれたのか」

「家のすぐ近くの神社で買ったものだから、わざわざっていうほどじゃないけど。もしかして迷惑だった?」

「まさか。ありがたいよ」

「ふふっ。よかった」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、いよいよプレゼン最終対決!

だけどここで波乱が!?


投稿は毎朝7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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