12月12日(土曜日)楓坂と結衣花の出会い
土曜日になり、俺は自宅で企画内容をまとめ直していた。
今回は特別チームのメンバー達がそれぞれアイデアを出し、俺はまとめ役に徹することにした。
雪代に言われたアドバイスを受けてのことだったが、確かにこうすると今まで行き詰まっていたことがスルスルと解決できる。
そしてようやく、一つの企画が完成しようとしていた。
隣に座って同じように作業をしている楓坂が、数枚の資料を差し出す。
「こちらはこれでいいかしら?」
「ああ、土曜日なのに手伝ってくれてすまない」
「私より、結衣花さんに感謝を伝えたほうがいいと思いますよ」
その時、両手にビニール袋を持った結衣花がインターホンを鳴らした。
『お兄さん、開けてー』
「おう」
俺の部屋に入ってきた結衣花は、さっそくエプロン姿になる。
「じゃあ、昼食を作ってあげるね」
「ありがとう。俺も手伝おうか」
「ううん、大丈夫。お兄さん達は疲れてるでしょ? ゆっくりしてていいよ」
俺と楓坂が休日を返上して仕事をしていると聞いた結衣花は、こうして食事をするために駆け付けてくれたのだ。
普段は生意気なところもあるが、なんだかんだで結衣花は気が利く。
そんな女子高生についつい甘えてしまうのは社会人としてどうなのかと思うが、それでも結衣花がいてくれると居心地がいい。
そんなことを頭の中で考えていると、楓坂がおもむろに訊ねてきた。
「どうしたんですか? 縁側でお茶を飲んでいるお爺さんみたいな顔になってますよ」
なんでそんな表現になるんだよ……とツッコミを入れそうになったぜ。
「いや……。休日に仕事なんて社畜街道まっしぐらなのに、こんなにまったりできるもんなんだなと思ってな」
「うふふ。結衣花さんがいてくれるからでしょうね」
キーボードを打つ手を止めた楓坂はこちらを見る。
「……笹宮さんって結衣花さんと居る時、すごく優しい顔をしますよね」
「そうか? いつも通りだと思うけど……」
「ほら出た。無自覚系」
「あのなぁ……。そういう楓坂だって俺に見せない顔を結衣花にするじゃないか」
「んー。私にとって結衣花さんは特別ですからね」
初めて会った時からだけど、楓坂は結衣花のことを誰よりも大切にしているんだよな。
どうしてだろうか……。
「前から気になっていたんだが、どうして楓坂はそんなに結衣花を特別視するんだ? 親友だとしても少し違うように思えるんだが……」
すると楓坂は一瞬戸惑うような表情を見せた後、視線をノートパソコンに戻し、左手でマウスをいじりながら話をし始める。
「言っていませんでしたけど……、私……高校一年生の時に交通事故で三ヶ月入院していたんです」
「事故……?」
楓坂はこくりと頷く。
「三ヶ月の入院のせいで留年。しかも事故の後遺症のせいで利き手の人差し指がうまく動かせなくなったわ。生活するには困らないけど、大好きだった絵が描けなくなったの……」
ずっと楓坂は左利きだと思っていた。
初めて会った時、壁ドンをしたのも左手だ。
だが本当は楓坂は右利きだったのだろう。
「もしかして、両親が海外に行ったのに日本に残ることになったのは……」
「ええ、その怪我が理由よ。さすがのお爺様もケガ人を無理やり連れて行くようなことはしなかったわ」
「そうだったのか……」
「それでもあの頃は地獄だった。……唯一の自慢だった絵が描けなくなって、友達もいなくなって、人生が終わったって本気で思った……。現実に負けたくなくてとにかくスキルを磨いて……、他の人から人間凶器とか言われていましたね」
ゆっくりと息を吐いた楓坂は二回右手の指を動かして、頬杖をつく。
諦めることを認めたようなその表情はどこか寂し気だ。
「でもね……。その頃、結衣花さんが引っ越してきたの。もともとあの家はゆかりさんのご実家だったそうね」
楓坂にとって一番辛い時期に現れたのが結衣花だったというわけか。
二人の関係はただの先輩後輩ではなかったんだな。
「笹宮さんは結衣花さんのこと、どう思います?」
「どうって……普通かな。あえていえば感情をあまり表に出さないくらいか」
「そう、普通よね。明るいでも暗いでもない。地味でも派手でもない」
楓坂は話を続ける。
「そしてほどほどに自分の殻に閉じこもっていて、彼女はそのことを自覚している。とても純粋ですごく強い。それが私の知っている結衣花さんかしら」
たしかに結衣花は内向的な性格だ。
しかもそれを自覚していて、そのこととどう向き合えばいいのかと悩んでいる。
「私みたいに無理やり生きてるような人間はそういう人に強く惹かれるの。 どうしても一緒にいたいし、大切にしたい……」
初めて会った時から、どうして楓坂は結衣花のためにそこまでするのか不思議だった。
だが話を聞けたおかげで、ようやく楓坂舞という人間がわかったような気がする。
彼女は元々弱い女性なんだろう。
それでも必死に立ち直ろうとしている。
その心の支えが結衣花だったのだ。
だがわからなくはない。
毎日普通でいてくれる結衣花の存在は、俺にとってもかけがえのないものになっている。
きっと結衣花は自分がそんなふうに思われているなんて微塵も感じていないのだろうが……。
「楓坂……。あー……、えーっと……その……。楓坂もいろいろあったと思うけど、今は俺もいるんだしさ。少しは……まぁ……、頼りにしてくれ」
「ふふっ。笹宮さんらしい不格好なセリフですね」
「……すまん」
「いいえ。嬉しいですよ」
いつもの作ったような女神スマイルではなく、彼女は自然にほほえんだ。
女子大生というより、女子高生のような純粋な表情だ。
……と、食事の用意を終えた結衣花がキッチンから戻ってくる。
「ご飯できたよー。……? どうしたの?」
「いや……、ちょっと仕事の話をしていただけさ」
「そう? それより早く食べようよ」
「ああ」
ダイニングテーブルの上に、結衣花が作った食事が運ばれてくる。
どれも素晴らしい出来上がりだ。
「ほぅ。豚汁にサバの塩焼きか。うまそうだな」
「サラダもあるよ。ブロッコリー付きで」
「マジっすか……」
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
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次回、プレゼン最終対決に向けて頑張る笹宮に結衣花が勇気を!?
投稿は毎朝7時15分ごろ。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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