12月5日(土曜日)音水が興味を持つ本は?


 土曜日の午前中。

 俺はショッピングモールの中にある本屋で、心理学の書物を探していた。


「むぅ……。こういう時はどうすればいいんだ……」


 クリスマスの夜は楓坂と一緒に過ごす約束をしていた。

 ちょうど同じ日に、結衣花のイラストが入ったグッズが商業施設で先行発売される。


 だがここで問題が生じる。

 

 グッズの販売時間は夕方からなのだが、商業施設周辺で行われているイルミネーションの影響で、その日は混雑が予想された。

 もしかすると楓坂との約束に遅れてしまうかもしれない。


 かといって、結衣花が手掛けたグッズが初めて販売されるのだ。

 ちゃんと買って、彼女にそのことを報告してあげたい。


 自業自得ではあるのだが、板挟みになった俺は解決策を求めて本屋で『女性と上手に付き合える心理学』という本を読んでいた。


「ん~。デートの誘い方とかは載っているが、約束がバッティングした時の対処法は書かれていないな……」


 困り果てて、頭の後ろに手を回した時だった。

 ハキハキとした声で女性が挨拶をしてくる。


「おはようございます。笹宮さん」

「うお!? ……お……音水」

「はい、私ですよ」


 そういえば以前も、このショッピングモールで音水と出くわしたことがあったな。

 あの時は家具屋だったっけ。


「うふふ。こんなところで会うなんて偶然ですね」

「ああ……、そ……そうだな」


 俺はさっきまで読んでいた本をすかさず隠した。


 やっべぇ……。『女性と上手に付き合える心理学』を読んでいたなんて、絶対に知られたくないぜ。


 すると音水は訊ねてくる。


「ところで何を読んでいたんですか?」

「……いや、特になにも」

「今、後ろに隠しましたよね」


 く……、バレてた。

 だが、これだけは隠し通さなくてはならない。

 先輩として……。いや! 男の威厳を守るためにも!


 俺の焦りを見抜いたように、音水はニヤニヤしながら訊ねてくる。


「おやおや~。笹宮さん、さてはエッチな本を読んでましたね。これは見過ごせませんよ」

「そ……そんなわけないだろ」


 ヤバいな……。

 エッチではないが、それに匹敵するかそれ以上に恥ずかしい。


 普段はからかうようなことをしないが、最近の音水はイタズラ癖が付き始めている。

 しかもそのしぐさが可愛いのだから厄介だ。


 よし! それっぽいことを言って切り抜けよう!


「こ……、これは……次の仕事で使う……し……資料なんだ」

「ふぅ~ん。そぉ~なんですねぇ~」


 メチャクチャ疑われている。

 まぁ、無理もない。

 俺ですら無理やりだなと内心思っているくらいだ。


「じゃあ、私にも見せてください」

「え……、なんで?」

「仕事の資料なんですよね? やっぱり先輩が熱心に読んでいた資料なら、後輩として読んでおくべきかと」


 イタズラモードが入っている音水の瞳は爛々と輝いていた。

 もし彼女にしっぽが生えていたら、フリフリと楽しそうに振っているだろう。 


「どうしても読みたいか?」

「是が非にでも読みたいです」

「ふっ……。勤勉はいいことだ。なら、俺のおすすめの本を紹介してやろう」

「笹宮さんが後ろに隠している本を読みたいなぁ」


 くっ……、やはり誤魔化せないか。


 ……と、ここで俺はあることに気づいた。

 音水も後ろに本を隠しているのだ。

 少しだけだがタイトルも見える。


 ええっと……、『男を……する……の……方法』?

 わずかに見えるカバーのデザインから考えて、おそらく恋愛関連の本だろう。


「ところで音水。……その、後ろに隠している本はなんだ?」

「えーっと。……資料……的な?」

「おまえ、やっぱり俺の後輩だよな……」

「そ……そういえば今日の夜、企画対決二回戦の動画が公開ですね」


 慌てふためく音水は無理やり話題を切り替えてきた。

 こういうところも俺の後輩っぽいな。


 だがここは話の流れに乗っておこう。

 俺の持っている本のこともごまかせるし。


「ああ、確か七時だったか」


 そう……。今日の午後七時に俺達がプレゼンした様子が動画で公開される。

 今回の対決で上位三チームが通過となるのだ。


 最有力候補は俺が所属する特別チーム、そして雪代がいる大手広告代理店チーム。

 そして音水がいる紺野さんチームだ。


「んっふふ~♪ きっと笹宮さんも驚くと思いますよ」

「ほぉ、そいつは楽しみだ」

「私、この企画で笹宮さんに認めてもらえる自信があります! 絶対に見てくださいね!」

「ああ、もちろんだ」


 握りこぶしを作って、輝く瞳で俺を見る音水。

 今まで見せたことがないほど自信に満ち溢れている。


 もちろん負けてやるつもりはないが、こういう彼女を見ると応援したくなってしまう。


「そうだ。企画対決が終わったら打ち上げでもするか。なにかリクエストはあるか?」


 最近は話す機会も少なくなった。

 たまにはこうして食事をしながら、仕事の話を聞いてやってもいいだろう。


 会社の忘年会もあるだろうが、仲のいい者同士の打ち上げも年末の楽しみというものだ。


「リクエスト……ですか? じゃあ……」


 すると音水は俺に向かって手招きをした。


 なんだろう? 近づけということだろうか?

 俺が身を屈めると、彼女は耳打ちでささやく。 


「クリスマスの夜は笹宮さんをたっぷり甘やかして、私限定のダメ人間にしてあげたいです」

「お……おい。……なにを」

「ふふふっ。もう契約は成立しました。クーリングオフはできませんよ。じゃあ、私は戦略的撤退をしますね」

「ま……、待ってくれ。その日は……」


 すぐにクリスマスの予定は入っていると伝えようとしたが、彼女は俺に断りのチャンスを与えないように素早く去ってしまった。


 あ~……、なんてことだ。

 約束が三つも重なってしまった……。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、音水の企画で大波乱!?


投稿は毎朝7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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