12月4日(金曜日)結衣花がそわそわしている理由


「おはよ。お兄さん」

「よぉ。結衣花」


 通勤電車に乗っていると、制服姿の女子高生が挨拶をしてくれる。

 俺にとって、なくてはならないひとときだ。


 今は結衣花や楓坂の存在が、毎日の支えになっている。

 半年前までは一人の時間こそ至高だと思っていたのに、不思議なもんだぜ。


 そんなことを考えていると、結衣花は不思議そうな表情で俺を見た。


「どうしたの?」

「いや、たいしたことじゃない」

「胸に触りたいってこと? うんうん、お兄さんらしいね。でも、そんなところも私は受け入れてあげるから安心して」

「おい」


 とんでもなく誤解されるようなことを、さも当然のように言うなっつーの。

 結衣花のエッジを効かせたからかい方は相変わらずだ。


「それより昨日プレゼンだったんでしょ? どうだった?」

「手ごたえありだな」

「わ。すごい自信」

「結衣花が俺の後輩になるのも時間の問題だぜ」

「そっか、そっか。じゃあ、首を洗って待ってるね」

「言葉の使い方、おかしくね?」


 だが、自信があることは本当だ。


 先週の土曜日、企画対決参加チームのプレゼンが動画投稿サイトで公開された。


 そこで他のチームのプレゼン内容や、ユーザーからの反応を知ることができたおかげで、俺達の企画はより完成度を高めることができたのだ。


 また、企画対決を動画投稿サイトで一般公開するという方法は反響を呼んだ。


 第一回以降、商業施設の公式ホームページのアクセス数は増えていると聞く。

 コンペをコンテンツとして利用するというクライアントの狙いも成功しているということだろう。


 ……と、ここで結衣花はそわそわしながら話を切り出してくる。


「ところで……さ。今日の公式ホームページ、もう見た?」

「いや……。なにかあったのか?」

「私のね……。デザインしたグッズが今日から掲載されてるの」

「ほぅ。さっそく刮目しよう」

「言葉の使い方、おかしくない?」


 スマホをポケットから取り出した俺は商業施設の公式ホームページを開く。


 そこに掲載されていたのは展開予定のグッズと、結衣花が描いたシンプルな二匹の猫のイラストだった。


 色は黒と白。

 目や口は描かれておらずシルエットのみだが、二匹のしっぽでハートを作って感情を表現している。


「本当だ。へぇ……。結衣花が考えたマスコットキャラクターが商業施設のイメージキャラクターになるのか」

「うん」

「想像していたよりも、ずいぶんシックな仕上がりなんだな」

「ワンポイントでも使えるくらいシンプルにして欲しいって言われたから」


 グッズなどで展開する場合、印刷方法によって色の数で原価が変わってくる。

 特に細かいデザインやグラデーションは商品トラブルになる場合もあった。


 しかしこのデザインであれば一色刷りで済ませることができるので、多くのデメリットを解消することができる。


 これなら幅広い年齢層に受け入れられるし、どんな商品にでも使えることができるだろう。


「すげぇいいと思うよ。頑張ったな」

「うん……。本当に大変だった……。最初に原案五枚を用意して、その後三回リテイク。さらに修正……。このまま終わらないかもと思ったよ……」

「はは……。まぁ、最初のうちはそんなものだろう」


 俺が勤めている会社はイベントをベースにチラシやポスターも制作する。

 そのため、デザインにも関わることが多い。


 俺は営業なのでクライアントとデザイナーの間に入って打ち合わせや調整を行うのだが、……これがまた時間が掛かる。


 慣れないうちは不安で寝ることができなかったくらいだ。


 しかし結衣花は大変と言ったわりに、その表情に疲労は見えない。 


「でもね。サンプルを見せてもらった時、すごくうれしかった……。これが仕事をする楽しさなんだね」


 そう言って、結衣花は俺の腕を確かめるようにムニった。

 まるで温度が伝わってくるようだ。


 きっと今、結衣花は大人になろうとしているのだろう。

 誰でもいつか通る道ではあるけど、女子高生の彼女にとっては世界が広がる瞬間のはずだ。


 応援してあげたい。

 その表情をもっと見ていたいという気持ちが、俺の中に芽生える。


 それは楓坂に抱いている感情とは別の、心の奥底をくすぐるような……愛おしさに近いものだった。


「じゃあ発売されたら、さっそく買いに行くよ。結衣花がグッズを出したら一番に買いに行くって約束していたからな」


 すると結衣花はキョトンとした表情をした。


「そんな約束してた?」

「忘れたのか? コミケの時にしただろ」

「あー、思い出した。たしかプレミアム価格で買ってくれるんだよね」

「……そっちは忘れてた」

「肝心なところが抜けてるとか、さすがお兄さん」

「言葉の使い方、おかしくね?」

「適切かな」


 プレミアム価格は置いておくとして、一番に買うという約束は守るつもりだ。


 発売日とかホームページに書いてあるのかな?

 えーっと、なになに……。

 数量限定で、十二月二十五日に先行発売。


 ふむ……、クリスマスか。

 きっと企画対決の最終結果発表に合わせてのことだろう。


 しかし……、その日って楓坂と約束しているんだよな。

 どうしよう……。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


さっそくバッティングとか、さすが笹宮さん!

次回は修羅場? いいえ、あまあまラブコメです!


投稿は毎朝7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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