12月2日(水曜日)お隣さん以上、恋人未満
企画対決二回戦のプレゼンを明日に控えた夜。
俺は楓坂の部屋に訪れていた。
ベッドで横になったままの楓坂に、俺は声を掛ける。
「差し入れを持ってきたぞ。体調は大丈夫か?」
「はい、もう熱も下がっていますので……。すみません。明日はプレゼンの日なのに……」
「気にするな。今はゆっくりしろよ」
「はい……」
いつものようにザニー社で打ち合わせをしていた時、楓坂が体調を崩して寝込んでいると旺飼さんから聞かされた。
大学と特別チームの活動の両立で無理をしていたのだろう。
「飯は食ってるか?」
「えっと……、お昼に栄養ゼリーを少し……」
「あんまり食っていないってことじゃないか。待ってろ。すぐにおかゆを作ってやるから」
というより作るつもりだったので、帰る途中で材料を買っておいたんだよな。
お隣さんなので自分の部屋に戻って作っても良かったのだが、楓坂から離れるのが心配でキッチンを借りることにした。
手早くおかゆを作り、楓坂に差し出す。
「ほら、おかゆだ」
茶碗に盛った卵がゆの中央には、実をほぐした梅干しを乗せている。
塩分は控えめだが、だしを利かせているので味はしっかりしているはずだ。
ローテーブルの前に座った楓坂は俺をチラリと見た。
「笹宮さん、お願いしてもいい?」
「なんだ?」
「……。あーん……して欲しい」
「わかったよ」
普段なら抵抗するところだが、今日くらいは甘やかしてやってもいいだろう。
こういう場合、フーフーして冷ましながら食べさせてやるシチュエーションを思い出すが、さすがに大学生相手にそれをやったら嫌われそうだ。
少量ずつすくってやけどをしないようにしてやればいいだろう。
こうして木製のスプーンでおかゆをすくい、楓坂の口へ運ぶ。
彼女はゆっくりとおかゆを食べた後、意外な反応を見せた。
「あら、美味しい。これは……ショウガですか?」
「ああ」
どうやら俺の作ったおかゆは合格点を頂けたようだ。
もし不味いって言われたらどうしようかと思ったぜ。
「昔、妹が風邪をひいた時があってな。その時に美味しいおかゆの作り方を調べたことがあったんだ」
「うふふ。笹宮さんのおかゆが食べられるなんて、お得な気分」
「お褒めに預かり恐悦至極だぜ」
ここで楓坂は笑って見せる。
「恐悦されちゃうほど、私は怖くありませんよ」
「初めて会った時、誰かさんに壁ドンして脅しを掛けられたことがあったな~」
「まぁ、ひどい。私じゃないわね」
「お前だよ」
彼女の様子からすると、本当に体調は回復しているようだ。
心配したが、とりあえず一安心と言ったところかな。
「明日の朝食も作ってやるよ。何が食べたい?」
「そこまでしてもらうわけには……」
「俺がそうしたいんだ。気にしないでくれ」
そう言うと、彼女はピクリと体を震わせた。
そして自分でおかゆを一口食べて、暖かいお茶を一口飲む。
「……なんだか今日は一段と優しいですね」
楓坂は少し戸惑っているようだった。
俺自身はそこまでのことをしているつもりはないのだが、普段とは違う言動に驚いているようだ。
たしかに、他の人間が体調を崩してもここまではしないだろう。
その疑問に答えるように、俺は思い出したことを口にする。
「昨日……クリスマスの約束をしただろ」
「はい……。それが?」
「こんなふうに言うとアレかもしれないが、……俺は当たり前のように楓坂と一緒にクリスマスを過ごすと思ってたんだ」
昨日、楓坂から『クリスマスの夜はどうするのか?』と聞かれた時、俺はどう答えていいかわからなかった。
なぜなら俺は勝手に、楓坂と過ごすと思い込んでいたからだ。
こうして楓坂が体調を崩したことで、改めて彼女の存在が自分の生活の一部になっていたことに気づいた。
優しいとかそんなんじゃない。
楓坂が体調を崩したら看病をするのは、すでに俺にとって当たり前のことになっていた。
だが、そんなことをペラペラと喋るわけにもいかず……、
「あー。……アレだ。……つまりだな。元気な楓坂がいつもいてくれると安心するっていうか……。んー……、言葉が思いつかん……」
「ふふふ。私達って……お隣さん以上、恋人未満ですよね」
「まぁ……、友達って感じじゃないな」
「でも、このくらいが私にはちょうどいいわ」
お隣さん以上、恋人未満か……。
たしかに俺達にピッタリの言葉だな。
すると、彼女はじっ……と俺を見つめてきた。
その視線には熱が込められている。
あ、ヤバい……。このままだと大人な方向に行ってしまいそうだ。
「あ……、あー。そろそろ横になった方がいいんじゃないか?」
「食べてすぐですけど……」
「そ……そうだよな。すぐに横になるのはよくないよな……。はは……」
「……? あなたって時々変な反応しますよね」
■――あとがき――■
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次回、結衣花から驚きのサプライズ?
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