11月12日(木曜日)楓坂とすき焼きをしよう


 社長と話をしたその日の午後、自宅に帰ると楓坂が訪ねてきた。

 

 リビングに上がった彼女は指定席と化しているソファの右側に座って、クッションを抱く。


「会社と話はつきましたか?」

「ああ、俺達のチームがコンペに参加してもいいってさ」

「ふふふ。よかったですね」


 楓坂は抱きしめたクッションをムニムニとしている。

 わかりにくいが、これは楓坂がうれしい気持ちを抑えきれないときにするしぐさだ。


 外見は大人びた雰囲気を醸し出している楓坂だが、二十歳の女子大生。

 こういうしぐさを見ると愛らしく見える。


「とはいえ特別チームに配属された以上、WEBコンテンツを絡ませた企画を作らないといけない」

「そこは私がフォローしますので安心してください」

「なんか楓坂に頼りっぱなしだな」

「うふふ。借りは返してなんぼですよ」


 まったく以ってその通りだ。

 楓坂には大きな借りができてしまった。


「じゃあ、お礼も兼ねて夕食は俺がおごるぜ」

「なんでもおごってくれるの?」

「ああ」


 といいつつ、内心ではビビっている。


 楓坂はかなり育ちのいいお嬢様だ。

 外食するレストランも三ツ星とか多いはず。


 なんでも……という部分を考えると、もしかしたら高級レストランを指定してくるかもしれない。


 いちおう少しばかりの貯金はあるが、はたして足りるだろうか……。


 だが、彼女が希望したものは意外なものだった。


「んー。……じゃあ、おうちで笹宮さんと食事がしたいです」

「ん? いつも一緒に食べてるじゃないか」

「私はその方が楽しいんです」


 料理やレストランではなく、うちで一緒に食事をするだけでいいのか。

 リーズナブルなことはありがたいが、それはそれで残念な気がする。


 いや、待て。


 楓坂のことだから、堅っ苦しいことより気楽に食事を楽しみたいという理由があるのかもしれない。


 となると、俺にできることは彼女が喜ぶことをしてやることだ。


「ならせめて俺が料理をするよ。ちょうど肉も買ってあったし、すき焼きにするか」


 すき焼きは万人に愛される至高のメニュー。

 しかも今日買っておいた肉は、そこそこ上質なものだ。


 これなら楓坂の舌を満足させてあげられるだろう。


 しかし彼女の反応は斜め上を行く。


「え!? すき焼きって……、幕末に牛鍋という名で生まれたと言われる超高難易度のお料理のことですか!? 笹宮さんって老舗旅館の板前でもしていたの!?」

「そこまで難易度は高くないと思うが……」


 料理ができるようになったとはいえ、まだ楓坂が作れる品数は多くない。

 そのせいか、普通の家庭料理への偏見が大変なことになっていた。


 とりあえず、すき焼きの準備をするか。


 まずテーブルの上にカセットコンロを置いて、すき焼き用の鍋を置く。


 そして牛脂をしっかりと炒めて肉の香りを引き出し、ねぎやキノコなどの野菜を入れる。


 この時、少しだけでいいので牛肉を炒めると、香ばしい香りが引き立つ。


 頃合いを見計らって醤油や砂糖などで作った割り下を入れて煮込む。

 あとは肉を煮込んで完成だ。


 部屋に広がるすき焼きの香りに、楓坂は楽しそうに声を上げた。


「わぁ、美味しそう。すき焼きって、作っている途中でお腹が減るわね」

「ふっ……、そうだな」


 普段はお嬢様のスタイルを崩さない楓坂が、こんなにはしゃぐのはめずらしい。

 作っている側としても嬉しいものだ。


 すると俺の視線に気づいた楓坂は、テレたように体を潜める。


「な……なんですか……。その娘を見るような優しい目は……」

「いやなに、楓坂も年相応の女子なんだなと思ってな」

「もしかして、バカにしてます?」

「いや、かわいいって言いたかったんだ」


 そう、かわいい。

 俺は楓坂がはしゃぐ姿を見て、素直にそう思った。


 頼りになる相棒ではあるが、同時に守ってあげたくなる可愛さを彼女は持っている。


 油断するとエグイ毒舌で攻撃されるので気は抜けないけどな。


 グツグツとすき焼きを煮込む音の横で、楓坂はモジモジとしている。


「ど……どうして急にそんなことを言いだすんですか!?」

「今思ったことだからな」

「そうかもですけど……、そうじゃなくて……」

「かわいいぜ」

「んんんんん~っ! んんんんんんん~っ!!」


 楓坂は近くにあったクッションを抱きしめて、おもいっきり唸った。

 ヤバい……。俺の方が抱きしめたくなってくる。


「あなたって時々いじわるをしますよね」

「そんなつもりはなかったんだが」

「いじわるよ。私を驚かせたり、心配させたり……。こんなにドキドキさせたり……」

「悪意はないんだぜ」

「本当かしら。あなたのせいで私はいつも落ち着かないわ」


 いつも助けてもらっているので言い返せないな。

 だが、こんな彼女を見ていると癒される。


 さすがにこれを言うと性格が悪いと思われるかもしれないが、だがそう思わせる魅力が彼女にはあるのだ。


 よって俺は無罪を主張したい。 


「じゃあ、すき焼きもできたし、最初の肉は楓坂に譲るぜ」

「もう……。今日のところはこれで許してあげる……」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、企画を考える笹宮は、結衣花と一緒のお出かけすることに!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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