11月12日(木曜日)音水のしぐさ


 会社の休憩室でコーヒーを飲んでいた時、後輩の音水がやってきた。


 彼女は俺を見ると同時にパァッと顔を明るくして、トコトコと小走りで近づいて来る。


「笹宮さん、おはようございます」

「音水……。おはよう」


 おそらく音水も、俺がザニー社と合同の特別チームに配属されたことを知っているだろう。


 いくら社長が認めている話とはいえ、人によっては裏切り行為と思われてもおかしくない。


 彼女は俺の事をどう思っているのだろうか……。

 とりあえず無難な会話から探ってみよう。


「音水も休憩か?」

「いえ、笹宮さんが休憩室にいると聞いたので、休憩のフリをして会いに来ました」

「……そ……そうか」


 その言い回しは同僚としてではなく、好意を持っている相手に送るものだった。


 戸惑っていると、彼女は近づいてジッと見つめてくる。


「会いに来ました。笹宮さんに……」

「あ……改めて言うなよ。……恥ずかしいだろ」

「恥ずかしい笹宮さんを見たいんです」


 はっきりと告白をして以降、音水から迷いが少なくなった。

 それは俺へのアプローチだけでなく、仕事の勢いにも繋がっている。


 迷いを断ち切った人間は強いというが、こうして目の当たりにすると成長というよりも進化したようだ。


 障害や罠があっても払いのける前向きさ……。

 それは彼女を女性として意識させるだけの魅力でもあった。


 なるほど……。

 他の男連中が必死に気を引こうとする気持ちもわからなくはない。


「ふっ……。音水にそんなことを言ってもらえる俺は幸せなんだろうな」


 すると彼女は胸を押さえて――、


「はぎゅ! 今の言葉で返り討ちにあいました!」

「俺、なんもしてないんだけど?」


 ん~。成長したと思っていたが、肝心のところがまだ未熟みたいだ。


 ここで音水はあの事を訊ねてきた。


「特別チームのこと聞きました。私達、次のコンペでは敵同士なんですね」

「敵……か。……そういうことになるか……」


 商業施設のプロジェクトはコンペによって発注業者を決定する。

 そこで俺が新しく配属した特別チームと、音水がいる紺野チームは対決することになっていた。


「言っておくが、手加減は不要だぜ」

「うふふ。そんなの当たり前じゃないですか」


 彼女はかわいらしくガッツポーズをすると、きらめく瞳で俺に言う。


「笹宮さんのことを一番知っているのは私なんですよ。もし手を抜いて勝ちを譲るようなことをしたら嫌われちゃいます」


 自分のことを一番知っていると言われるのは苦手に思う人間もいるだろう。

 以前は俺もその一人だった。


 だがこんなに素直な女性がここまで真っすぐに評価してくれて、喜ばない男がいるだろうか。


「さすがだな、音水。おまえは確かに俺の事をよく知っているよ」


 ここでオタオタするなんてカッコ悪い。

 そのまっすぐな気持ちを受け止めるくらいの度量はちゃんと持ってるぜ。


 だが、彼女は驚きの誤解を披露し始めた。


「はい! 笹宮さんは熟女好きで人妻好きということも知っています!」

「まったく心当たりのない性癖を付属しないでくれ……」

「隠さなくても大丈夫です。弟に聞いたら男はみんな変態だって言ってましたから」

「俺の誤解はすでに弟さんにまで伝わっているのか……」


 むぅ……、いろんなことを話したと思ったが、あんまり俺の事は伝わっていなかったようだ。


 これからは誤解されないように注意しよう……。


 気持ちを切り替えるためにコーヒーを飲もうとした時、音水が「あ……」と声をあげた。


「笹宮さん。そのコーヒー、ひと口貰っていいですか?」

「ああ。構わんぞ」


 もしかして音水のことだから間接キスとか意識しているのか?

 まさかな……。

 今どき、間接キスなんて気にしているやつなんていない。


 持っていた缶コーヒーを渡そうとすると、音水は驚きの行動に出る。


 彼女は缶ではなく俺の手に触れたのだ。


 そしてコーヒーの入った缶の飲み口を、唇で優しくノックするように触れる。

 二回、三回と缶コーヒーを唇で触れながら、俺に目を合わせてきた。


 ……なに……これ。


 間接キスってこんなにエロかったか?

 いや、こういうのはセクシーっていうのか?

 えーっと……表現が見つからん。

 とにかく男心をメチャクチャ刺激してくるしぐさだ。


 完全に音水のしぐさにやられて固まっていた俺に、彼女は勝ち誇ったように微笑んだ」


「ふふふ。すこしだけ笹宮さんを奪えた気持ちになれました」

「お……、おい。そ……そういう発言はだな……」

「んっふふ~♪ 意図的なので問題ありません」


 手を離した音水は少し離れて、最高の笑顔を咲かせる。


「笹宮さん。はやく私のものになってくださいね」


 そう言い残し、彼女は休憩室を出て行った。


 他の男なら、ここで百パーセント音水に落とされていただろう。

 そのくらい、さっきの彼女の行動は刺激的だった。


 くっそぉ……。あんなことされたら、イヤでも意識してしまうだろ……。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回は楓坂とクッキング。今度はなにを作るのか!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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