11月11日(水曜日)新しい場所


 翌日の水曜日。

 楓坂は俺をザニー社に連れてきた。


 ザニー社はソフトウェア開発をメインにさまざまな事業を行っている。


 今年の夏はコミケに企業ブースを出展し、俺は補佐をする形でザニー社と仕事をした経緯があった。


 しかし、今回の商業施設のプロジェクトとザニー社には接点がない。

 その疑問を隣に歩く楓坂にぶつけてみた。


「……楓坂。どうしてザニー社なんだ?」

「それは叔父様が話してくれるわ」


 応接室のドアを開くと、四十代半ばの背の高い男性が待っていた。

 楓坂の叔父であり、ザニー社専務の旺飼おうがいさんだ。


「おひさしぶりです、旺飼さん」

「やあ、笹宮君。ようやく来てくれたね」


 八月の中旬にスカウトされたことがあったが、俺はそれを断ったことがある。


 正面に座った旺飼さんは、手を組んで俺を見据えた。


「単刀直入に言おう。笹宮君。……我々は新しい部署を立ち上げる。君にはそのリーダーになって欲しいんだ」


 そう言った旺飼さんはファイリングされた資料を机の上に出す。


 資料のタイトルは『WEBコンテンツとセールスプロモーションの融合』と書かれていた。


 ページをめくると、さまざまな内容が記載されている。

 例として以前俺が担当した『七夕キャンペーン』が挙げられていた。


 家電量販店の店頭イベントとブイチューバーのコラボだったのだが、確かにその内容は『WEBコンテンツとセールスプロモーションの融合』という要素を満たしている。


「君が商業施設のプロジェクトに関わりたいという話を舞から聞いている。この事業内容であればコンペに参加することも可能かもしれない。どうだろうか?」


 もちろんコンペに参加するにはクライアントから許可を取る必要があるが、事業内容としては申し分ない。


 だが……、


「お気持ちは嬉しいですが、やはり今の会社を裏切るようなことは……」

「安心してくれ。以前のように出向という形で十分だ」


 そうは言っても、俺の判断ではできないんだが……。


 旺飼さんは悪い人じゃないけど自分ペースで話を進めていくから、こっちとしては戸惑ってしまうんだよな。


 ……と、その時カバンに入れていたスマホがバイブで震える。

 メールではなく電話のようだ。


 そのわずかな音に気づいた旺飼さんは訊ねてきた。


「おや、電話かい?」

「あ……はい」

「おやおや。それは大変だ。もしかしたら急用かもしれない。私に構わず出るといい。いい話かもしれないよ?」


 ……なんだろう、この演技クサい言い回しは。


 だけど急用という可能性は俺も心配していたことだ。

 とりあえず電話に出てみよう。


 発信者は……うちの社長だ!


 やべぇ、早く出ないと!

 この人、電話に出ないとガチギレするんだよな。


 慌てて出ると、俺が挨拶をするよりも早く社長が話しかけてきた。 


『笹宮か。代休なのにすまん』


 電話から社長のシブい声が聞こえる。

 きっと今も白いひげをなでながら話しているんだろうな。


『社長……。どうしたんですか?』

『先日言っていた、お前の新しいポストの件だ。今度ザニー社と合同で特別チームを結成する。そのリーダーに主任として就け』


 その後社長は、出社した時に詳細を話すと言って電話を切ってしまった。


 ……ん? んんん?


 確かに社長は俺に新しいポストを考えているとか言っていたが、それがザニー社と合同で行う特別チーム?


 つまりさっきまで話していた新しい部署のことか?


 旺飼さんを見ると『計画通り』と言わんばかりに余裕の表情をしている。

 あっけに取られつつも、俺は訊ねてみた。


「もしかして……ここまで計画していたんですか? コミケの時から……」

「いや、当初はザニー社の製品だけをプロモーションするだけだったんだ。ここまで具体的な話にまとめ上げたのは舞だよ」


 舞……、つまり楓坂が?


 驚いた俺は旺飼さんの隣に座っている楓坂を見た。


「……もしかして、最近よく旺飼さんのところへ行っていたのはこれだったのか? 俺のために……」

「あなたが雪代さんと再会して悩んでいたのを見て、新しい場所が必要だと思ったんです」


 そういえば九月の二十日頃にも、楓坂に心配をかけてしまったんだった。

 楓坂が旺飼さんのところに通うようになったのもあの頃だ。


 ずっと俺のために、動いていてくれたのか……。


 感動で楓坂をじっと見つめると目が合った。

 すると彼女は焦ったように視線を泳がして、モジモジとしながら答える。


「じ……自分が信じた人に活躍して欲しいって思うのは当たり前じゃないですか。それに結衣花さんを喜ばせたいという気持ちは私の方が上ですからね」


 そして楓坂は澄んだ瞳で俺を見た。


「笹宮さん。もう一度……、私と一緒にチームを組んでください」

「もちろんだ、楓坂。よろしく頼む」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、プロジェクト参加に向けて動き出した笹宮。

そんな彼に送る結衣花の言葉とは!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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