11月12日(木曜日)結衣花が応援したい人
木曜日。
本来は代休だったのだが、俺はスーツを着て通勤電車に乗っていた。
うちの会社とザニー社が合同で行う、新しいチームのリーダーを任されることになったからだ。
社長に詳しい話を聞くため、俺は会社に向かっていた。
しっかし……すげえことだな。
別々の企業から必要な社員を集めて特別チームを作る場合があるのは知っていたが、そのリーダーを俺がすることになるなんて……。
しかしその前に、もうすぐやってくる女子高生に確認しておかないといけないことがあった。
少し経った時、いつもの駅で彼女が乗車してきた。
「おはよ。お兄さん」
「よぉ。結衣花」
さて、いつもの生意気トークからかな……と思ったが、なぜか結衣花は俺の顔をまじまじと見た。
「……お兄さん、変わった?」
「髪型はいつも通りだと思うが?」
「ん~、私の気のせいかな」
結衣花は俺の隣に立って、腕に掴まる。
これがいつも通りの日常だ。
しかし今日は少し違う。
持ち方が違う? それもある。
だが今日は掴まるだけではなく、体を寄せてきているんだ。
的確な表現を使うなら、これは腕を組んでいるというべきだろうか。
彼女の胸が腕に当たったことに気づいて、俺は上ずった声で訊ねる。
「ゆ……結衣花。いつもより近くないか?」
「うん、あえて言うなら密着だね」
「どうして今日に限って」
「なんとなく」
いやいや……。
胸が腕に当たってることが問題なんだよ。
「あー、結衣花さん」
「なに?」
「さすがにくっつきすぎじゃないですか?」
「しょうがないな」
といった彼女はさらにくっついてきた。
おーい。俺の声は聞こえているかー。
「あのな、俺は男だぞ」
「うん、知ってるよ。ヘタレと無自覚と鈍感が混在して、奇跡的に人間の男の姿をしているのがお兄さんだよね」
「俺の存在がSレア級になってんじゃん」
今までも近い時はあったが、こんなにくっついてくるのは初めてだな。
さっき俺に『変わった?』と聞いてきたことと関係があるのか?
「あのね、お兄さん」
「ん?」
「なにかあったのかもしれないけど、いつものお兄さんが一番いいよ」
ああ……、そうか。
結衣花はすぐに気づいたんだ。
俺が新しいチームで、新しいことに挑戦しようとしていることに。
そして俺自身は気づいていなかったが、おそらく気負いすぎていたんだろう。
きっと結衣花は少しでも俺を助けたいという気持ちから、いつもより体をくっつけてきたんだ。
俺は強気を演じて、結衣花を安心させようとした。
「ふっ……、大丈夫だ。俺が理想の先輩として名をはせていることを知ってるだろ」
「よかった。そんな未曾有の虚言をのたまえるということは、いつものお兄さんなんだね」
「そこまで虚言のつもりはなかったんだけど」
おっかしいなぁ……。
さっきまでいい話をしていたような気がするんだけど、結局いつものペースになってないか?
まぁ、結衣花がそれを望んでいるのなら、別に構わないのだが……。
それより、気になっていたことを確認しておこう。
「……実はな、前から言っていた商業施設のプロジェクトなんだが……。……それに結衣花の親戚のお兄さんが参加するんだ」
「ふーん、そうなんだ」
「それでな。……俺は別チームだから……、その……、親戚のお兄さんと張り合うことになるかもしれん。それでもいいか?」
結衣花はこのプロジェクトで一緒に仕事をすることで、俺の後輩になりたいと思っている。
しかし彼女には仲のいい親戚のお兄さんがいて、それが我が社のエースである紺野さんだった。
特別チームで活動するということは、紺野さんと対決することになる。
そのことを結衣花はどう考えるのだろうかと心配していた。
だが、彼女は訊ねてくる。
「お兄さんはどうしたいの?」
「俺か?」
「人のことより、まず自分のことって言うでしょ」
「あ……ああ。……そうだな。俺は……」
どうしたいかなんて決まっている。
結衣花を喜ばせてあげたい。
彼女が喜んでいるところが見たい。
俺の力で彼女を喜ばせて、その気持ちを共有したい。
その気持ちを、俺は言葉にする。
「俺は結衣花を後輩にしてやりたい」
すると結衣花は静かに……とても小さな声でささやく。
「うん。私もね……そうして欲しい。親戚のおにいちゃんじゃなくて……お……お……、お兄さんに……」
俺の心に熱と言うべき感情が湧き上がる。
本当に嬉しい時、人はこんなに暖かい気持ちに包まれるのか。
その感覚の余韻に浸ろうとした時……、
「んー!」
結衣花はおもいっきり俺の腕に抱きついて、顔を埋めた。
「うお!? おま……、ちょ……、さすがにガチ抱きはヤバいだろ」
「お……お兄さんが悪いんでしょ」
今までは見ていなかった乗客たちが、さすがにこっちを気にし始めた。
これはマジでヤバい!
「結衣花……、ちょっとだけでいいから離れてくれ。車掌さんに見つかると誤解される」
仕方がなく手を外そうとするが、彼女はがっしりと掴んで抵抗する。
「んんんん~っ! いや~」
「んぐぐっ! ……なんでだよ」
「顔を見せたくないの。……んん~っ!」
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
☆評価・♡応援、とても励みになっています。
次回、笹宮VS紺野さん!?
投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます