11月10日(火曜日)ひざ枕の後は?


 俺はずっと周囲の人間に劣等感を抱いていた。


 天才というにふさわしい紺野さんに雪代。

 そして音水に至っては、一年もしないうちに社長を認めさせた。


 そう……、俺の周りにはすごいやつらがたくさんいる。


 だが、俺には胸を張れるような強みがない。


 評価してくれる人はいる。

 好意を寄せてくれる人もいる。


 だが俺に実力がないことがバレると去ってしまうのではないかと思い、……怖くて逃げたいという気持ちがどこかであった。


 だが……、


「私はあなたの事が好きなの」


 楓坂のその言葉は、今まで聞いたどの言葉とも違う響きを持っていた。


 好きという言葉がこんなに心を穏やかにするなんて、思ったことがない。


 楓坂のひざ枕から体を起こして、俺は彼女に微笑んだ。

 すると彼女は訊ねてくる。


「もう大丈夫なんですか?」

「ああ。ありがとう、楓坂」


 だが楓坂は不服そうな顔で抗議をする。


「ん~。普通ならここでキスとかする流れなんですけどね」

「それをしようとしたら逃げるだろ」

「まぁ……逃げますけど……。私のことは知ってるでしょ? もうっ!」


 やはりこういう反応は楓坂らしい。


 だからだろう。

 俺は思わず彼女の頭を抱きしめた。


 どうしても感情を抑えきれなかったのだ。


「さ……、笹宮さん!?」

「カッコ悪いところを見せたな。もうあんな愚痴はしないようにする。心配させて悪かった」


 だが、彼女の様子がおかしい。

 なぜか慌てているようだ。


「笹宮さん、そうじゃなくて……、あ……あの、メガネ! 抱きついてくれるのは嬉しいのですけど……、メガネが痛いんです」

「あ!」


 しまった!

 自分の気持ちばかりでメガネのことまで考えが回っていなかった。


「す……すまん。あんまりこういうこと経験なくて……」

「わ……、私も男性にこんなことをされたのは初めてですから……」


 メガネの調子を見る楓坂に、俺はオロオロしながら訊ねる。


「痛い所はないか? メガネのフレーム、歪んでないか?」

「それは問題ありませんが……、せっかくなので、お詫びに今度お買い物をおごってもらいますね」

「ぐ……、反論の余地がみじんもない……」


 やっぱり慣れないことはするもんじゃないな。

 カッコ悪いところは見せないと言っておきながら、さっそく見せてるじゃないか。

 穴があったら入って体育座りがしたいぜ。


 メガネの位置を調整した楓坂は、ソファに座り直した。


「笹宮さんって本当にムードの作り方が下手ですよね」

「悪かったって言ってるだろ」

「まぁ、いいんですけど……。ちょっと嬉しかったですし」


 しかし、あんなことをした後だと恥ずかしいな。


 心臓がバクバク言ってるし、めっちゃ体が熱い。

 もしメガネのことがなかったら、今頃……。


 いやいや! 起きなかったことを想像してどうする!


 よし……。ちょっと飲み物を取りに行くフリをして、気持ちを落ち着けよう。


「コーヒーを入れてくるが、楓坂もなにか飲むか?」

「ん~、そうですね。じゃあ、ミルクティーで」

「オーケーだ」


 どうやら楓坂は俺の戦略的な行動に気づいていないようだな。

 今のうちに動揺を抑えて冷静さを取り戻そう。


 キッチンへ向かおうとした時、楓坂が楽しそうに声を掛けてくる。


「今のうちにクールダウンしたいんですよね。かわいっ」

「くっ……」


 どうやら俺の思考はすでにお見通しだったようだ。


 はぁ……。こりゃあしばらくは楓坂に頭があがらなくなりそうだ。


 普段は恥ずかしがり屋だと思っていたけど、いざと言う時は度胸があるのかもしれない。


 ということは、俺はこれからずっと楓坂に主導権を握られっぱなしというわけか。

 手ごわい女子大生だ。


 おっと。そういえば、ミルクティーに砂糖は入れるのだろうか?


 俺は振り返って、楓坂に訊ねようとした……が、


「んんんんん~~~っ! もうっ、もうっ、もうっ!」


 彼女はクッションで顔を抑えて、思いっきり悶えていた。


 ……うん。まだ俺の完敗というわけではなさそうだな。


 コーヒーとミルクティーを用意してリビングに戻ると、彼女は何もなかったかのように座っていた。


 おそらく、さっき悶えていたところを見られていないと思っているのだろう。


「それで結衣花さんと一緒に仕事をすることですが、これからどうしますか?」

「ダメ元でもう一度社長にお願いしてみるさ。できるだけやってみるよ」


 さっきまでとは違って、前向きになった俺を楓坂は嬉しそうに見た。

 そしてゆっくりとミルクティーを口に含む。


「結衣花さんは笹宮さんになついていますからね」

「生意気で困ってるけどな」

「でも嬉しいんでしょ」

「否定はしない」


 俺もコーヒーを飲んで、ゆっくりと天井を眺めた。

 冷静になるとできるような気がしてくるのだから、俺の悩みもいいかげんなものだ。


「結衣花にカッコいい所を見せられる数少ないチャンスなんだ。頑張るしかないだろ」

「ふふ……。でしたら、いいお話があるのですが一口乗りませんか?」

「……いい話?」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、楓坂が用意した秘策とは!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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