11月10日(火曜日)結衣花のお兄ちゃん
会社から帰る途中、たまたま先輩の紺野さんと一緒になったのでチームに入れなかったことを伝えた。
話を聞いた紺野さんは顔を歪めて悪態をつく。
「あんっのジジイ……。オレはいいって言ったのによぉ……」
「すみません。社長と会える時間まで作ってもらったのに……」
「そんなに落ち込むなって。笹宮の分も頑張るからよ」
すると紺野さんは急に真面目な表情になった。
いつもの軽い調子はなく、淡々と語る。
「それによ……。今回は特別なんだ。何がなんでもプレゼンを成功させてぇ……」
「めずらしいですね。紺野さんがそこまで入れ込むなんて」
「ああ。なんたってイラストを
「……結衣花?」
あまりにも自然な会話だったので聞き漏らすところだった。
まだイラストレーターKAZUの本名は公表されていない。
だが、紺野さんは今はっきりと『結衣花』という名前を口にした。
雪代がKAZUの正体が結衣花だと知っていたのは、一度だけ会ったことがあり、ハロウィンコンテストの場にもいたからだ。
紺野さんが結衣花のことを知っているはずがない……。
驚く俺に、紺野さんはバツの悪そうな顔をして答える。
「おっと。わりぃ、わりぃ。結衣花っていうのは俺の親戚の子なんだ。十年前は一緒に住んでたこともあるんだが、最近はなかなか会えなくてな」
そういえば結衣花もそんなことを言っていた。
あまり会えないが仲のいい親戚のお兄ちゃんがいると……。
お兄ちゃん……か。
◆
自宅に帰った俺はソファに座ってドラマを見ていた。
人気ドラマなので面白いんだろうが、今一つ集中できない俺は流れていく映像をボーっと眺める。
すると隣に座っていた楓坂が訊ねてきた。
「笹宮さん、なにかありました?」
「ん? いや、なにも……」
そういえば楓坂といる時間が多くなったな。
今日とか普通にテレビ見てるし……。
ふと楓坂は訊ねてくる。
「結局、結衣花さんへのプレゼントはどうしたんですか?」
今、一番触れたくない話題だったのだが……。
「……一緒に仕事がしたいってさ」
「あら、リーズナブル。つまりプレゼンで勝てってことね」
そう言われて、俺は下を向いた。
「それがさ、俺はチームのメンバーに入れないから、結衣花と一緒に仕事ができないんだ。しかもそのチームのリーダーが結衣花の親戚で仲がいいらしい」
そこまで言うと、俺は言葉が出なくなった。
これ以上何かを話すと、愚痴になりそうだったからだ。
俺の様子に気づいたのか、楓坂は顔をこちらに向ける。
「落ち込んでるの?」
「いや……別に……」
「いじけてるの?」
「そうじゃないが……」
言いわけをしようとしたが、あほくさくなって正直になることにした。
もう楓坂だって俺の性分は知っているだろう。
これ以上はぐらかしたら、よけい心配をさせてしまう。
「いや……、そうだな……。俺は落ち込んで、いじけてる」
ソファの背もたれに体重を預け、俺は天井を見た。
「結衣花の兄貴役になれるのは俺だけだと勝手に思い込んでた。でも俺がいなくてもよかったんだ。……まぁ、結果的に結衣花が喜ぶならそれでいいさ」
そうさ……。
確かに結衣花を後輩にするという約束は守れなかったが、仲のいい紺野さんと一緒に仕事ができるんだ。
結衣花にとってはいいことに違いない。
ただそこに俺がいないだけなのだ。
「笹宮さん、ちょっと……」
ここで楓坂が唐突に俺の頭に触れた。
何事かと訊ねようとした瞬間――、
「ていっ!」
楓坂は俺を引き寄せるように倒した。
そのまま俺の頭をひざの上に置く。
「なんだ、いきなり……」
「ひざ枕ですよ」
「それはわかるが、急にすることないだろ」
「やるかどうかは私の気分ですので」
「横暴だな」
「支配的と言って欲しいですね」
おいおい。
どっちもあまり変わらんだろ……。
俺のひざに楓坂の頭を乗せた事はあったが、楓坂のひざを枕にするのは初めてだ。
楓坂は右手でやさしく俺の頭をなでる。
否応なく、気持ちがリラックスしていく。
さっきまであった無意味な孤独感が消えていくようだ。
「私ね……、今とても嬉しいの。笹宮さんが初めて愚痴を言ってくれて」
「……初めてか?」
「本心をさらけだしたのは初めてですね」
あえて楓坂の顔を見ないようにしているが、声の雰囲気で彼女が微笑んでいることが伝わってくる。
そのことが、さらに俺をリラックスさせてくれた。
「本当に不思議な人ね……。不器用でヘタレで弱くて、だけど一緒にいたいと思わせてくれる」
「えらい言われようだ」
「だけど好き。もう……どうしようもないほど、私はあなたの事が好きなの」
そして楓坂は俺の手をとてもやさしく握った。
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
☆評価・♡応援、とても励みになっています。
次回、楓坂の想いと考え。
投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
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