11月10日(火曜日)昇進と勧誘


 結衣花と一緒に仕事をするため、俺は商業施設のプロジェクトに参加しようと考えた。


 さっそく紺野さんに相談してみると、社長と話合う時間を用意してくれる。


 しかし、社長室で言われたのは否定の一言だった。


「ダメだ」

「どうしてですか?」

「笹宮がチームに入れば、音水はお前のことを優先するだろう。それでは困るのだ」

「それなら、せめてヘルプで現場に入れてもらえるだけでも……」


 社長は白髪になった眉をひそめて俺を見る。


「よく聞け。今この会社のエースは紺野だ。しかしアイツは無理やり仕事を取ってくるところがある」

「それは……まぁ……」

「だが音水なら強引な企画も的確にまとめることができる。あの二人の成長は我が社の利益に直結しているのだ」


 紺野さんの実力は間違いない。

 だがリスクを顧みない仕事のやり方に、社内でも評価が分かれている。


 一方、音水の的確に仕事をしていく長所は教育期間中でも目を見張るものがあった。


 確かに紺野さんと音水は最強のタッグだろう。


 だが、今回は結衣花との約束がある。

 仕事に私情を挟むのはよくないとはわかっているが、それでも俺はプロジェクトに参加したかった。


「そこを何とかならないでしょうか?」

「安心せい。……笹宮。ワシはおまえのことも高く評価している」


 白いひげを悠々となでながら、社長は立ち上がってニヤリと笑う。


「今、お前に新しいポストを用意するため調整をしておるのだ」

「……昇進……ということですか?」

「そうだ。どういった形にするか役員達で意見は分かれているが、近いうちに答えは出せるだろう」


 昇進は素直に嬉しい。

 だが、それでは結衣花を喜ばせられない。


 むぅ……、困った。


   ◆


 社長との話し合いを終えた後、俺はあいさつ回りのため車で出かけた。


 クライアントと打ち合わせを終えた後、ちょうど正午になったので昼食を摂ることにする。


 コンビニで弁当を買った俺が自動車に戻った時、車の窓をノックする人物がいた。


「よぉ。笹宮!」

「……雪代」


 この気の強そうな美人は俺の元カノ、雪代だ。

 企業再生のスペシャリストで、今は大手広告代理店の部長として職場改善を行っている。


「どうしたんだ、こんなところで……」

「おまえと一緒で休憩だよ。ほら、助手席のドアを開けてよ」


 ドアを開けると、雪代は遠慮なしで助手席に座る。

 どうやら彼女もコンビニ弁当を買ったようだ。


 きっと大盛からあげ定食だろう……と思ったが、小さい女子向けのお弁当だった。


 俺がジッと見ていることに気づいた彼女は「んぁ~」と訝しげな表情をする。


「なんだぁ~。アタシが可愛い弁当を食べちゃダメなのかよ」

「いや、そういうわけじゃないけど」

「っていうか、あんたさ。肉率多くない? 野菜、食べなって」


 むぅ……。まさか雪代にまで野菜のことを注意されるとは……。


 割りばしを割った時、雪代は何かを思い出したように話を切り出した。


「そういえば商業施設のプロジェクト、笹宮んとこもコンペに参加するんだろ?」

「ああ。といっても俺じゃなくて先輩のチームが担当するんだ」


 すると雪代は意外そうな顔をする。


「結衣花ちゃんがイラストを担当するから飛びつくと思ったのに」

「本音はそりゃあチームに入りたいさ。でも社長からストップがかかってな」


 すると雪代は、気の強そうな瞳を丸く開いた。


「ふ~ん。それなら、うちくれば?」

「それスカウトか? 軽すぎるぞ」


 あっけらかんというが、転職というのは人生において大きな分岐点だ。

 そんな話にほいほい乗ることはできない。


 だが、雪代の次の言葉は予想を超えるものだった。


「んっとね。アタシが笹宮と知り合いだって知った上の人が、引き抜けるならそうして欲しいって言ってきたんだよ」

「本当かぁ? 俺よりも優秀な人がいるだろ」

「聞いたところによると、笹宮のトラブル対応力を評価しているらしいよ」


 そういえば、七夕キャンペーンのプレゼンで大手広告代理店に勝つことができた理由の一つに、俺がトラブルに強いという評価があったな。


 弱小会社にとっては当たり前のスキルなのだが、そういう能力を求めている企業もあるということか。


 ……だが、急に雪代はモジモジとし始める。


 明らかに仕事をしている時とは違う様子だ。


「アタシもね……。笹宮といたいし……」

「よりは戻さないって話をしただろ」

「そ~だけどさ~。やっぱり笹宮といたいもん。あーんとかしたいしさ」


 少女のようになってしまった雪代はチラチラとこっちを見てくる。

 お弁当を食べようとしないところから見ると、おそらく食べ合いっこがしたいのだろう。


 いや……、それだけはできん。


 元カノとはいえ、もう別れたんだ。

 ここで情に流されると、ズルズルと付き合うことになる。


「それにさ……。もし今すぐに来てくれたら、プロジェクトに参加できるかもだし……。そしたら結衣花ちゃんと仕事ができるかもよ?」

「だからってここで転職を決めれるわけないだろ」

「んむぅ~」


 だが、今のままでは結衣花を後輩にしてあげれない。

 どうしたものか……。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、結衣花のことで衝撃の事実が明らかに!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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