11月10日(火曜日)結衣花が欲しいもの


 火曜日。

 通勤電車に乗って、俺は結衣花を待っていた。


 もちろん恋焦がれる女子高生に会いたいから……というわけではない。

 絵描きとしてプロデビューが決まった祝いに、プレゼントを贈りたいからだ。


 さて、どうやって切り出そうか……。


 床を見ながら考えていた時、女子高生の足が視界に入った。

 もちろん俺は彼女の事を知っている。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ。結衣花」


 今日の結衣花はどこか誇らしげに見える。

 きっと彼女も俺にプロデビューが決まったことを報告しようとしていたのだろう。


 俺はさっそくとばかりに、あの話を切り出した。


「聞いたぜ、商業施設のプロジェクトのこと」


 いつもフラットテンションの結衣花は照れを隠すためなのか、少しだけ体を揺らしてから俺を見た。


「バレちゃったんだ」

「この前言っていた報告ってこの事だったんだな」

「うん」

「よく頑張ったな。おめでとう」

「ありがとう。まだ全然実感がないんだけどね」


 結衣花が参加することになったプロジェクトの商業施設は、先日行ったイルミネーションがキレイな駅ビルと同じ大企業が運営している。


 結衣花はまだ実感していないようだが、これはとてもすごい事だった。


「でもどうしてすぐにわかったの? 公式ホームページでもまだ大々的に取り上げてなかったと思うけど」

「実はそのプロジェクトで行うイベントのコンペに、俺達の会社も参加するんだ」


 彼女は首を傾げる。


「コンペ?」

「ああ。一言で言ってしまえば他の広告代理店とプレゼン対決をして、勝ったらプロジェクトに参加させてもらえるってわけだ」


 へぇ……、と結衣花は納得してから、


「てっきり男女で集まる飲み会で、お兄さんが一発芸をするのかと思ったよ」

「それ、コンパな」


 なんで大企業のプレゼンの場で一発芸を披露せんといかんのだ。

 その時点で追い返されるぜ。


 おっと、本題を忘れるところだった。

 結衣花が欲しいプレゼントを訊きたいんだ。


「それでだな……。あー……。結衣花に訊ねたいことがあってだな……」


 むぅ……。いざ訊ねようとすると恥ずかしいな。


 別に悪い事をしているわけじゃない。

 だが、欲しいプレゼントを訊くというのは、なんというか……こう……、自分の本心をさらしているような気持ちになる。


 こういうのって男特有の思考かもしれん。


 俺が質問しづらそうにしているのを見て、結衣花は淡々とした調子で尋ねてきた。


「訊ねたいこと?」

「ああ……。まぁ……、その……。たいしたことじゃないんだが……」

「胸のサイズ?」

「朝の通勤中にそれを聞いたら、ただの変質者だろ」

「お兄さんらしくていいじゃない」

「あのなぁ……」


 なんだよ……。

 人が勇気を振り絞って訊ねようとしているのに、いきなり胸の話とかどうなわけ?


 まぁ、おかげで緊張はほぐれたわけだが……。

 

「とにかく話を戻すとだな……。結衣花のプロデビューを祝って贈り物をしたいんだ。それで何がいいのかと思ってさ」

「特別賞の時にもお祝いをしてもらったし、もう充分だよ」


 結衣花ならそういうと思った。

 ジュースやお菓子をねだることはあるが、基本的に執着がないというか欲がないんだよな。


 だが、今回は少し事情が違う。


「う~ん。どっちかっていうと俺がそうしたいんだ」

「そうなの?」

「……まぁな」

「あ、照れてる」

「誰だってこんなことを訊くのは恥ずかしいだろ」


 俺は少しだけいじけたようにそう言った。

 男の複雑な心境を察して欲しいぜ。


 結衣花はこの反応が楽しかったらしく、俺の腕に体重を預けてきた。


「ん~。じゃあ、お兄さんの後輩になりたいな」

「……え?」

「だから、お兄さんの後輩になりたいって言ったの。そのコンペに勝ったら一緒に仕事ができるんだよね?」


 つまり俺と一緒に仕事をしたいということか。

 初めて本格的な仕事をするから、知っている人にいて欲しいという気持ちはわかる。


 だが……、


「いちおう同じプロジェクトメンバーになるが、それを後輩とは言わないだろ」

「同じチームで私は初めての仕事なんだから、広義的にはお兄さんの後輩になるでしょ」

「拡大解釈しすぎじゃね?」

「このくらいしないとお兄さんの後輩になるチャンスなんてないじゃん」

「いや……、まぁ、そうだけどさ」


 少し強引ではあるが、確かに結衣花が俺の後輩になるチャンスはそうそうないだろう。


 あんまりここで堅苦しいことを言っても仕方がない。


「わかった。じゃあ、頑張ってみるよ」

「ふふっ。六月の約束、楽しみにしているからね」

「甘やかすって話か?」

「うん。糖度高めでね」


 やれやれ。とんだ結衣花様だ。


 となると、まずは紺野さんのチームに入れてもらわないといけないのか。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、笹宮は紺野チームに入れるのか!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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