11月3日(火曜日)音水の誘い


 十一月初めの火曜日。

 今日は祝日で会社は休みだ。


 今日俺はハロウィンコンテストを成功させた音水を祝うために彼女のマンションに来ていた。


 インターホンを押すと、部屋着を着た音水が俺を出迎えてくれる。


「笹宮さん、いらっしゃいです」

「ああ、呼んでくれてありがとう」


 部屋に入ると、音水は俺のジャケットを受け取ってハンガーにかけてくれる。


 なにげないことなんだが、こういう行動を見せられると彼女に女性を感じてしまう。


 いやいや……、よこしまな考えを抱いちゃダメだ。


 音水は俺を理想の先輩と信じているはず。

 いくら好きと言ってくれたからと言って、気を緩みすぎるのは良くない。


 それに社内恋愛すると片方が左遷させられるという会社の暗黙のルールがある。


 そんなことより、用意しておいたものを渡そう。


「これ、一緒に飲もうぜ」


 そういって差し出したのはシャンパンだった。

 やはり祝いといえばこれだろう。


 それにこれなら酒に弱い音水は安心して飲めるはずだ。


「ありがとうございます! じゃあ、つまみに燻製チーズを出しますね」

「お、用意がいいな」


 こうして俺達はシャンパンとチーズを食べながら雑談を楽しんだ。


 乾杯から始まり、次は自慢話、そして愚痴。

 社会人のトークと言えば、こんなものだろう。


「しかし、よく頑張ったな」

「はい! 笹宮さんがご褒美をくれるというので頑張っちゃいました」


 九月の時、ハロウィンイベントが成功したら音水にご褒美をあげると約束していた。

 今日こうして音水の自宅に来たのは、そのご褒美というわけだ。


「部屋で一緒にお酒が飲めればいいなんて肩透かしを食らったぜ」

「私にとっては最高の時間です」

「とはいえ、高級フレンチをおごって欲しいと言われたらどうしようかと思っていたんだがな」


 すると音水は「え!?」と驚いた表情でこちらを見た。


「高級フレンチ!? そこからホテル直行で、朝起きると婚約指輪と婚姻届けという流れですか!? さすがにちょっと早すぎでは……」

「そこまで言ってないないよな?」


 さすが音水。

 ここでそこまで想像力は飛ばすことができる人間はそうはいないだろう。


 彼女が考えるアイデアは鋭いと評判になっているが、この豊かな発想力を見れば頷けるというものだ。


 音水は恥ずかしさを紛らわせるように、指遊びをしながら体をくねらせる。


「私、笹宮さんと一緒にいられる時間が好きなんです」

「……そうか」


 俺は音水の気持ちを知っている。

 だから、この彼女のしぐさがとてつもなく可愛く見える。


 そんな可愛い後輩は話を続けた。


「それに……。罠にハメるくらいの覚悟をしないと、笹宮さんを部屋に連れ込めないじゃないですか」

「罠?」

「え……、えーっと。あはは! もう、やだぁなぁ! 今のは言葉の綾ですよ。ジョークというやつですね」

「そ……そうだよな。ったく、びっくりしたぜ」


 突然『罠』って言われたら、誰だって驚くぜ。

 だが彼女の次のセリフは……、


「私が言いたかったのは、笹宮さんをパックンチョするには手段なんて選んでられないってことです」

「さっきより表現がひどくなってね?」


 むぅ……。好きと言われたことは嬉しいが、以前より露骨になってきてないか?


 俺の指摘に、音水はいじけたようなしぐさをした。


「だって……笹宮さんといるだけで、私の胸の鼓動が大変なことになっているんですよ。言動がおかしくなってもしかたないじゃないですか」

「……なかなか言い出せなかったんだが、うちの会社は社内恋愛がバレると片方が左遷されるんだ。だから……」


 そう、俺がずっと抱えていた悩みはそこにある。

 もし感情のまま突っ走ってしまうと、結果的に音水が痛い目に遭うのだ。


 それだけは防がなくてはならない。


 すると音水は予想外の言葉を返す。


「えっ!? ここで『胸の鼓動を見るために病院へ行こう』とか言わないんですか!! 笹宮さんですよね!?」

「おまえ……、俺をバカにしているか好きなのか、どっちなんだ」


 クスクスと笑った音水は、静かに姿勢を正した。

 さっきまでと……というより、今までと明らかに違う表情。


 この数ヶ月で成長した音水の顔だ。

 

「バレると左遷という話は知っています。でも紺野主任に聞いたんですけど、仕事で大きな成果を出していれば見逃してくれるって……。だから私、決めたんです! 恋も仕事も両方手に入れるって!」


 瞳を輝かせた彼女はまっすぐに俺を見る。

 そこには一切の迷いは見られない。


「だから、笹宮さん! 私、頑張ります! 絶対にあなたを振り向かせてみます!!」


 こんなにストレートに想いを伝えられたら、さすがの俺も揺れてしまう。


 今すぐ答えは出せない。

 だけど、彼女の気持ちには向き合おう。


「ああ、俺もちゃんと音水のことを見ているよ」

「そのためには……やっぱり色仕掛けですかね?」

「いや……俺に相談されてもだな……」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

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次回、結衣花の新しい目標!


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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