11月4日(水曜日)結衣花との約束


 いつも通りの時間、いつもの先頭車両に俺はいた。


 車窓を眺めなら、のんびりと今日の予定を考える。

 実にいい気分だ。


 やはり俺……笹宮和人はこうでなくてはならない。


 車窓の外に大きな公園が見えた頃、電車が駅に停車する。

 

 さて、そろそろアイツがやってくる時間だ。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ。結衣花」


 制服姿の結衣花は俺の隣に立つと、ポンっと壁に背を預ける。

 そして俺の腕を掴んで二回ムニる。


 俺達二人が毎日行う、いつも通りの挨拶だ。


 だが今日の彼女はいつもと少し違う。


「ん? 今日は機嫌が良さそうだな」

「うん。あのね、イラスト投稿サイトに絵本を投稿してみたの」

「ほぉ」


 イラスト投稿サイトって一枚絵が多いイメージがあるが、実際はいろんなものがあるんだよな。


 漫画だって投稿されているし、イラスト制作方法を投稿している人もいる。


 ハロウィンコンテストをきっかけに俺もサイトを見るようになったが、確かに面白い。


 さっそく投稿サイトをスマホで確認してみる。


 えっと……結衣花のペンネームはKAZUだったよな。

 ふむ……。結衣花の好きな猫キャラとクマキャラの絵本か。

 コミカルでなかなか面白い。


「このクマキャラ、マヌケで面白いよな」

「でしょ」

「よくこんなことが思いつくな」

「身近にいい参考例があるからね」


 なるほどね。

 身近なものを参考にするのは確かに有効だろう。

 となると、このクマキャラのモデルはとんでもない無自覚系なんだろうな。


「結構コメントを貰っているじゃないか」

「うん」


 すると結衣花は嬉しそうにほほえむ。

 温かみのある優しい表情だ。


「以前は人に作品を見せるのが怖かったけど、今は応援してくれる人がいるから楽しいかな」

「よかったな」

「お兄さんも応援してくれているしね」

「いちおう言っておくが、俺が一番応援しているってことを忘れるなよ」

「はいはい、わかってるよ」


 やはりハロウィンコンテストで特別賞を受賞できたことが彼女にとって大きな変化を与えたのだろう。


 そんな授賞式に一緒に立ち合えたのだから嬉しい限りだ。


「結衣花はやっぱりデザイナーになりたいのか?」

「うん。でもデザイナーっていろんな種類があるから、自分を活かせる分野を探している最中かな」


 結衣花の得意といえばゆるキャラか。

 だが、あのデザインができるならパッケージデザインもできそうだな。


 俺はイラストができないからよけいに思うが、やはり絵が描けるというのは社会に出てから強みになる。


 たまに練習はしてみるんだが、秒殺で挫折してしまうんだよな。


 急に結衣花は俺にくっついてきた。


「そういえばお兄さんの会社ってデザイナーとか雇ってるの?」

「ああ、デザイン部ならあるぜ。今は減ったがゆるキャラの制作依頼とかもあるな」

「ふぅん」

「なんだよ。うちに入りたいのか?」

「うーん。どうしようかなー」


 焦らすようにそっぽ向く結衣花。

 だがチラチラっとこっちを伺っている。

 きっと俺の反応を見て楽しんでいるのだろう。


「どっちにしても、うちに入るならまだまだ先だろ」

「そうなんだよね。……ちなみに私が入社する頃だと、お兄さんの歳はいくつになるの?」


 俺は演技くさく悩んで見せた。


「……ん~~~~。……最近、計算力が落ちてしまってな」

「電卓使う?」

「電卓は真実を示すから嫌いなんだ」

「あ、察し」


 するとここで結衣花は意外なことを訊ねてきた。


 そう……。とても意外なことだ。


「ところで、私との約束を覚えてる?」

「結構あるよな。どれだ?」

「六月の初めごろ。後輩さんとの食事がうまくいった後だったかな」


 六月の初めと言えば、確か音水のことで困っていた時、食事をしながら悩みを聞くようにと結衣花にアドバイスを貰ったことだろう。


 その次の日と言えば……金曜日だったか?


「うーん。結衣花に『君こそ理想の先輩だ』と言われたことしか覚えてないな」

「記憶のねつ造が由々しき事態になっている件について」


 ちっ、バレたか。

 うまく乗り切れると思ったのに。


 結衣花はぽふっと頭をぶつけたあと、いじけたように言う。


「私が後輩になったら甘やかしてくれるって話。忘れたの?」

「お……覚えてたさ……」

「忘れてた反応だ」


 どうせ適当な約束と思っていたが、まさか覚えていたとは。

 どっちにしても結衣花がうちの会社に入社するのはまだまだ先。

 それまでに彼女の気持ちも変わっているだろう。


「お兄さんの後輩になれたら楽しそう」


 やっぱり甘える気満々か。

 ふっ……。ここはガツンと言っておかないとな。


「俺は厳しいぞ」


 だが結衣花は待ってましたとばかりにカバンから包みを出した。


「じゃあ、買収しようかな。はい、今日のお弁当」

「おっ、カツサンドか。よきだぜ」


 その時、電車が聖女学院前駅に到着した。

 ドアから涼しい風が入ってくる。


「じゃあね、お兄さん」

「ああ、明日も待ってるよ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回より新章! いよいよクリスマス編です。

12月25日に向けて物語が加速します。


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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