10月31日(土曜日)結衣花とハグしちゃう?


 イラストコンテストの結果が発表された。


 惜しくも結衣花は上位入賞を逃したが、そのイラストが審査員の目に留まり特別賞を受賞される。


 その賞品として用意されたのはマスコットキャラクター・ゆるクマっ子のハグなのだが……。


「え……。俺が結衣花をハグしていいのか?」


 ゆるクマっ子の着ぐるみに入っているのは、会社員二十六歳の俺だ。


 戸惑う俺に、司会役の男性が爽やかに笑って親指を立てた。

 その笑顔から「お前の活躍の時だぜ!」という意図が伝わってくる。


 確かに特別賞受賞者になにかしてあげたいとは言ったが、まさかハグをすることになるとは……。


 結衣花はこの着ぐるみの中に俺が入っていることを知っている。

 もしかすると嫌がるのではないだろうか。


 そんな不安を抱いて、俺はどうしていいのかと戸惑っていた。


 そこへ……、


 トン、トン、トン……。


 ゆっくりと舞台に上がってきたのは、いつも会う女子高生だ。

 フェミニンな白のブラウスを着た結衣花は、少し怯えた様子でこちらを見た。


 普段はどんな時でも動じない結衣花だが、さすがにこんな舞台に上がれば心細いのだろう。


 結衣花が抱える不安に気づいた俺は、自分を叱責した。


 ……俺はなにやってんだ。


 今この場で結衣花が頼りにできるのは俺だけなんだぞ。

 その俺がビビッてどうする。


 俺は彼女を不安にさせたいのではない。

 おもいっきり喜びを分かち合いたいんだ。


「くっま~っ!」


 俺は両手を上げて『抱きついて来い』という意思表示を示した。


 だが、結衣花はチラチラと他の観客を見ながら戸惑っている。

 本当に抱きついていいのか判断しかねているのだろう。


 よぉし、もう一度だ。


「くっまぁ~、くまっ!」


 再び俺が両手を上げると、結衣花は吹き出すように笑い、すぐにいつもの表情を作った。


 そして俺に近づいて、他の人には聞こえない声で話しかけてくる。


「もぅ……。さっきも言ったでしょ。ゆるクマっ子はそんな喋り方しないって」


 俺も結衣花だけに聞こえる小声で話す。


「まぁ、そこは現場判断だ」

「なにそれ。都合よすぎない?」

「アドリブが利くと言って欲しいな」

「口下手のクセに」


 ほほえみながらいつもの調子で話す結衣花。

 その表情を見て、俺もまた安心を覚える。


 ……そうさ。

 いつも通りの結衣花でいて欲しいから、俺は結衣花を喜ばせたいんだ。


 俺はこの場で言いたかった一言を声に出した。


「特別賞、おめでとう。よく頑張ったな」

「うん、ありがとう。本当に嬉しいよ」


 確かにこの特別賞はオマケの賞だ。

 それでも彼女にとっても……、俺にとっても一番価値のある賞に思えた。


 ……ギュッ。


 結衣花は俺に……、ゆるクマっ子に抱きついてきた。


 こちらに感触はまったく伝わってこない。

 それでも彼女が喜んでいることはしっかりとわかる。


 すると近くにいた司会者が、カメラを持って俺達の前にやってきた。


「じゃあ、記念の撮影をしますよ! はい、チーズ!」


 俺達は抱き合ったままカメラに向かってポーズを取った。

 シャッター音が鳴った直後、結衣花は言う。


「お兄さん……」

「ん?」

「この写真、ずっと大切にするね」


 こんなに喜んでくれるなんて、まさにゆるクマっ子冥利に尽きるというものだ。


 俺にとっても、最高の思い出になるイベントだった。


   ◆


 次の日の午後。

 隣人の大学生・楓坂の部屋でパーティーが開かれた。


 目的はもちろん、結衣花の特別賞を祝うためだ。


 テーブルの上には人気パティシエのスイーツがズラリと並ぶ。


「結衣花さん! おめでとうございます!」

「ありがとう、楓坂さん」

「さあ、どんどん食べて」


 一方俺はというと、なぜか執事服を着せられていた。


「ったく、なんで俺がこんな服を着せられてるんだよ」


 不満を漏らす俺に、楓坂はチャームポイントのメガネをクイッと上げた。


「あら。パークで結衣花さんとハグしていたクマさんは笹宮さんでしょ? だったら執事服くらいどうってことありませんわよね。うふふ」


 得意の女神スマイルをしているが、言葉の端々にとげがある。


「……もしかして結衣花とハグしたから怒ってるのか?」

「別に……怒ってはいませんけど……。……私も……もにょもにょ……ですし……」

「えっと……すまん。最後が良く聞こえなかったんだが」

「んんんんん~っ! この人はどうして察するということを知らないの! この、このっ!」

「こら、脇腹をつっつくのはやめい」


 楓坂の攻撃に俺が抗議をしていると、一番年下で一番大人の結衣花が場を収める。


「ほ~ら。二人とも喧嘩しないの」

「「……はい」」


 ふふっ……と小さく笑った結衣花は、ケーキを一切れフォークで刺した。


「じゃあ、楓坂さん。このケーキを食べさせてあげるね。はい、あ~ん」

「あ~ん。……ごくっ。はぅわぁぁっ! すごくすごく幸せ~! 結衣花さん、しゅき!」


 今年のハロウィンはいろいろあったが、無事に終わってよかったぜ。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、音水が笹宮を部屋に呼んでドキドキなお願い!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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