10月30日(金曜日)結衣花のいい子いい子


 いよいよ雪代とのイベント対決が明日に迫った金曜日。


 通勤電車に乗っていると、結衣花が声をかけてきた。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ。結衣花」


 十月の下旬に入った頃から、結衣花はブレザーの制服を着用している。


 お嬢様学校に通っているだけあってキッチリしたデザインだが、結衣花が着ると不思議とあか抜けて見える。


 しかし改めて思うが、結衣花って女子高生のわりに胸が大きいよな。


 ブレザーって胸を隠すのに、それでもその大きさがわかるくらいなんだからよほどのものだろう。


 すると彼女は俺の視線に気づいて目を合わせてきた。


「どうしたの?」

「いや……、なにも……」


 慌てて俺は視線をそらす。


 あっぶね。ついマジマジと見てしまったぜ。

 もし胸を見ていたことがバレたら、なにを言われるかわかったもんじゃない。


 結衣花は俺の腕の二回ムニってつぶやいた。


「今日は私の勝ちだね」

「なんの話だ?」

「別に」


 よくわからないが、彼女はいつも俺となにかを張り合っていたようだ。


 そして俺はその勝負に負けたと……。


 むぅ、一方的な敗北というのは、いささか面白くないところがある。


「それより仕事の方は順調? 元カノさんと勝負しているんでしょ?」


 結衣花は話題を仕事のことに切り替えてきた。


 今回のイベント対決に関しては、彼女にも心配をかけてしまった。

 こうして聞いてくるのも、俺の事を心配してのことだろう。


「ああ。今のところ形勢はこちらが有利だ。だが雪代なら何か仕掛けてくるだろうな」


 そう……。今の雪代のチームはバラバラで連携が取れていない。

 状況だけ見れば俺達がリードしているように見える。


 だが、相手は破壊と混沌を司る雪代だ。

 最後の最後まで油断はできない。


 静かに闘志を燃やしていた時だった。


「ねぇ、聞いていい?」

「恋ネタ以外ならいいぞ」

「うん、問題なし。元カノさんとはどこまで行ったの?」

「恋ネタじゃね?」


 勝負しているって言ってるのに、なんでここで過去を掘り起こそうとするんだよ。


 そもそもどこまで行ったかなんて、朝の電車の中で言えるわけねぇだろ。


 ここは上手くごまかすしかない。


「まぁ……それはさておき、学生時代の俺は雪代に憧れていたんだ」

「ねぇ、話をそらそうとしてない?」

「そんなことはないぞ」


 ここまではオッケー。

 話を続けよう。


「俺はさ……、この仕事で結果を出して、アイツに追いつきたいんだ」

「カッコよく言ってるけど、話をそらそうとしてるよね?」

「そんなことはないぞ」


 いつもならそろそろ結衣花の反撃が始まる頃だ。

 そう思って彼女の言動を伺っていると、意外な反応があった。


「でも、お兄さんが頑張ってるっていうのは伝わってくるよ」


 年下とは思えない慈愛に満ちた表情で女子高生はそう言った。


 ごくまれにだが、結衣花は社会人の俺ですら息を呑む女性らしさを醸し出す。

 もちろん、その雰囲気に呑まれるわけにはいかない。


 すぐに社会人モードを取り戻して、俺は答えた。


「結衣花が認めてくれるんなら、勝率はさらにアップだな」


 そうさ。いくら仲が良くても、社会人が女子高生に気を許し過ぎるのは良くない。


 大人として接していくことを肝に銘じなければ……。


「そうだ、お兄さん。頭をなでてあげる」

「なんでそうなるんだ」

「いいでしょ? なでさせてよ。いい子いい子して勇気を与えたいの」


 さっき肝に銘じたことが一瞬で砕けようとしている件について語り合いたい気分だ。


 つーか、今は電車の中だぞ。

 各駅停車で人は少なめとはいえ、朝の通勤中の皆さんが近くにいらっしゃるのだぞ。


「そもそも、結衣花の身長だと俺の頭に届かないだろ」

「お兄さんが屈めばいいじゃない」

「イヤだよ。カッコ悪い」


 ふんっと結衣花は鼻を鳴らす。


「人はカッコばかり付けていると、いつまで経っても成長しないって、先生が言っていたよ」

「いい子いい子してもらうことを成長とは言わんだろ」


 すると彼女は背伸びをして俺の頭をなでようとした。


「ん~。ん~」

「お……おい。無理すんな」

「大丈夫だもん」


 その時だった。

 電車がカーブに差し掛かり、車体が大きく揺れる。


 衝撃こそなかったが、背伸びをしていた結衣花はこけそうになった。


「わっ」

「危ない!」


 俺は慌てて結衣花の腰に手を回して抱きしめる。

 同時に女性ならではの腰の細さに、俺は驚きを覚えた。


「大丈夫か?」

「う……うん」

「……すまん。こんなふうに抱きしめてしまって」

「いいよ。このままで」

「そう言うわけにいかないだろ」


 そうだ、このままは危険だ。

 不覚にも俺は今、女子高生の結衣花を女性として意識しかかっている。


 はやく離れないと戻れないような、そんな危機感があった。


 しかし彼女は……、


「いいの。だって……この方が頭をなでやすいから」

「え?」

「ふぅ。ミッションコンプリート」

「そこまでなでたかったのか……」

「うん」


 ……むぅ。……なんか子供扱いされてしまった。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、いよいよ雪代と対決!! 笹宮、活躍の時!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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