10月29日(木曜日)リハーサルとなでなで


 イベント開催の二日前。

 俺達は開催地となるテーマパークへ来ていた。


 今日は本番を想定したリハーサルを行う。

 内容はコンテスト結果発表イベントと、その会場に人を誘導する『ミステリー宝探しゲーム』だ。


 ミステリー宝探しゲームは、パーク内に隠された謎を探しだして答えを考えるというもの。


 もちろんそれだけでは面白くないので、テーマパークの世界観に合わせたストーリーを用意してある。


 さらに謎が隠された場所には仮装したスタッフが待機し、短いショーを行うという内容になっていた。


 そこで重要になるのがスタッフの存在だ。


 リハーサルを終えて、俺は集まってくれたスタッフに労いの声を掛けた。


「よくできている。みんな、ありがとう。この調子で明後日も頼む」

「「「はい!」」」


 結衣花の母親、結香里さんに紹介された人材派遣のスタッフのレベルは高かった。


 演技・パフォーマンス、どれをとっても申し分なく、来場者への対応も心得ている。 


 スタッフが帰った後、隣にいた音水も安心したように頷いていた。


「人数は心細いですけど、いいスタッフさんが集まりましたね」

「ああ、結香里さんに感謝しないとな」


 今回のイベントの収穫は、いい人材が集まっただけではない。


 俺は誇らしげに音水を真っすぐに見る。


「それにしても音水も成長したな。スタッフの研修もできるようになっているし、たいしたものだ」


 こうして新しいスタッフをうまく指導することも、イベントでは大切な業務だ。


 だが、これが難しい。


 教えるためには十分に内容を把握していないといけないし、頼りないと思われると現場が混乱する原因に繋がる。


 本番前の準備をしっかり行えることが、イベント業では大切だった。


 それを音水はしっかりできてる。

 元教育係として、こんなに嬉しいことはない。


 音水は照れくさそうに頭の後ろに手を回した。


「えへへ~。そう言われると嬉しいです。頭をなでなでしてくれると、もっとやる気が湧いてくるんですけどね」

「おっ、そうなのか。なら、なでてやるぞ」


 すると彼女は驚きのポーズを決める。


「え!? 冗談だったのに、マジですか!」

「む!? まさか食いつくとは思わなかった!」


 冗談だとわかっていたからそう言ったのだが、この輝く瞳は完全に頭なでなでモードに入っている。


「じゃ、じゃあ……前からお願いしていいですか?」

「お……おう。……え? マジですんの?」

「もちろんですよ。ごっつあんです」

「ムードもへったくれもないな」


 このままだと音水も引っ込みがつかないだろう。


 建物に隠れているここなら他の人間に見られる心配もないし、すみやかに頭なでなでをしてあげようじゃないか。


「しかし、真正面からというのはさすがに恥ずかしいな……」

「んっふふ~♪ そう言う時は、『頭なでの系統特性』を知っていると役に立ちますよ」

「珍妙なワードをぶっこんで来たな……。とりあえず聞こうではないか」


 頭なでの系統特性? そんなもの、聞いたことがない。

 おそらく音水オリジナルの独自理論だろう。


 だが、役に立つと言われると聞いてみたくなるのが人間というものだ。


「いいですか、笹宮さん。頭をなでる時、前から・後ろから・横からの三系統があります」

「ふむ……」


「年上にしてもらうなら断然前からですね。子供の頃の感情が呼び起こされ、相手に甘えたくなります」

「なるほど」


「お父さんや恋人にしてもらいたいなら、後ろからがいいですね。自分が主役でありながら、相手に愛されているという安心感を得られます」

「ほう……、深いな」


「そして特質系に分類される横からの頭なでは……エロいです! 理由は私の妄想ということで……」

「何を妄想してその結論に至ったのかは、あえて聞かないことにしよう……」


 ためになるような、ならないような……、微妙な理論だった。

 まぁ、今後のためにいちおう覚えておこう。


 で、結局俺はどの方向から頭をなでてあげればいいんだ?


 のほほんとした会話をしていた時、少し離れた場所から怒鳴り声が聞こえた。


「いい加減にしてください!」


 大人の男性の声だ。

 気になった俺達は、怒鳴り声が聞こえた方へ向かった。


 すると雪代とスーツを着た男性社員達が言い合いをしている。


「雪代さん! どうして相談なしでルートを変えるんですか!」

「るっせぇな! お前達だって今までリハーサルをほったらかしにしてただろ!」


 おそらく雪代に抗議しているのは大手広告代理店のイベント事業部の社員だろう。


 今は雪代の部下になって、苦労している様子が手に取るようにわかる。


 だが大手広告代理店の社員達は現場を甘く見て、リハーサルをしないことすら多かった。


 一つ言えることは、向こうのチームワークはバラバラだという事だ。


 その様子を見ていた音水が言う。


「笹宮さん。これって私達に有利ってことですよね?」

「ああ。この勝負、勝てるぞ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、本番前日の笹宮に結衣花が勇気を与える!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る