10月25日(日曜日)楓坂の部屋


 十月下旬の日曜日。

 そろそろ昼飯にしようかと言う時、スマホにLINEが届いた。


 送り主は隣人の大学生、楓坂だ。


『笹宮さん、カレーを作りました』

『へぇ、頑張ったじゃないか』


 八月の頃はジャガイモの皮むきすらできなかったのに、カレーを作れるようになったのか。

 すごい進歩だな。


 続けて楓坂はLINEを送ってくる。


『いちおう紫色ではありませんし、味見はしていませんが香りはそれっぽいので人間が食べても大丈夫だと思います』


 え……、なにその遠回しな破滅フラグ。

 絶対にワザとだよな……。


『食べに来てくださいね♡』

『食べるのが怖いんだけど……』


 とはいえ、せっかく作ってくれたんだ。

 ここは覚悟を決めなければなるまい。


   ◆


 楓坂の部屋に上がった俺は、その状況に感心した。


「ほぅ……、意外と片付いているじゃないか」

「当然です。私のことをなんだと思ってるのかしら……。掃除くらいはできますよ」


 よく言うぜ。

 八月に引っ越してきた時は掃除機の使い方がわからなくて困り果てていたくせに。


「そういえば、楓坂ってエプロンするんだな」

「ええ。結衣花さんのエプロン姿をみて、思い切って買ってみたんです」


 楓坂って胸が大きいから、エプロンをするとくっきりラインが見えるんだよな。

 って、あんまり見てると嫌がられるか。


 そんなことを考える俺に、楓坂は訊ねてくる。


「似合いますか?」

「ああ」


「どうですか?」

「似合ってるよ」


「ん~。もっと言って欲しいのですけれど……」

「……」


 なんで何度も同じ事を聞いて来るんだよ。

 これ以外にどう感想を言えばいいんだ。


 自慢じゃないが、俺は結衣花をことごとくがっかりさせてきた褒めベタ男なんだぜ。


 気の利いた言葉に関しては、自信をもって自信がないと言える。


 だが、何も言わないというのは申し訳ない。


 ん~。とりあえず、思ったことをストレートに言ってみよう。


「……かわいいな」

「うふふ。じゃあ、カレーを用意しますね」


 どうやらたった一言で納得してくれたようだ。

 楓坂はとても嬉しそうに笑ってキッチンへ向かった。


 しばらくして用意されたのは、カツカレーだった。

 しかも、かなりうまそうに仕上がっている。


「ほぅ……カツカレーか。見た目は完璧じゃないか」

「隠し味は秘密です」

「なんで破滅フラグをそこまで立てようとするんだよ」


 味見していないのに隠し味は秘密とかどういう了見だ。


 何も言わなければ、美味しそうという期待感で一口目を食べることができたのに、不安を煽ってどうする……。


 だが見たところ変なところはないし、香りもいい。


 よし! 食べるぞ!


 意を決して、俺はカレーを口に入れた。

 楓坂がおそるおそる訊ねてくる。 


「……どうですか?」

「ああ、うまいよ」


「本当ですか?」

「ウソをつく必要がないうまさだ」


 おそらく楓坂にとっては初めてのカレーなのだろうが、お世辞抜きで美味しい仕上がりとなっていた。


「やった。すごくすごく嬉しいです」


 俺の感想を聞いて、楓坂は手を合わせて満面の笑みで喜ぶ。

 無邪気さすらあるその喜びようは、女子大生というより小学生のようだ。


 俺の隣に座った楓坂は、おもむろに訊ねてきた。


「そういえば、もうすぐ雪代さんとの対決ですね」

「ああ。木曜日と金曜日にリハーサルをして、土曜日が本番だ」


 ……と、ここで俺はようやく楓坂の意図に気づく。


「もしかして、華麗に勝つでカツカレーを作ってくれたのか?」

「ぅ……。……め……面と向かって言われると、こんなに恥ずかしいと思いませんでした」

「俺としては、素直に嬉しいよ」


 まだ付き合っていないとはいえ、こうして俺のために料理をしてくれたのだ。


 こういうのは気持ちというが、実際にされるとここまで嬉しいことはない。


「今日はどうしてここまで優しいんだ?」

「雪代さんとの対決、緊張しているように見えたので……」

「はは……、バレてたか」


 自分で注意はしていたつもりだったが、確かにこの一ヶ月はずっと肩に力が入っていた。


 雪代は俺にとって元カノであり、天敵であり、……憧れでもあった。


 そんなやつと対決するのだから、緊張するなと言われてリラックスできる人間は少ないだろう。


 しかし、楓坂のおかげで少し楽になった気がする。


「楓坂っていい女だよな」

「なっ!? なんですか、その言い方! ……このくらいでデレるとか思わないでください……。……、ぅぅ……」


 といいながら照れやがって。

 かわいいやつめ。


「なにか礼をしたいんだが、なにがいい?」

「……なんでも?」

「常識の範囲でな」

「……じゃあ、き……き……キ……、じゃなくて! えっと! その……手を触りたいかしら」

「そんな事でいいのか?」

「はい」


 密着するほど近づいた楓坂は俺の手に触れ、指をクニクニと動かして遊び始めた


「うふふ。えいっ、えいっ」

「俺の指でそんなに楽しそうにするやつは初めてだ」

「好きな人の指ですよ。楽しいに決まってるじゃないですか」

「おりゃ」

「あ、仕返しとか生意気ですよ」


 楓坂のおかげで不安が和らいだ。

 これは、いい結果を見せないとカッコ悪いな。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、イベントのリハーサルで何かが起きる!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る