10月23日(金曜日)帰り道


 雪代とのイベント対決まで後一週間となった金曜日。


 仕事を終えた俺は、音水を自宅マンションまで送り届けた。


「じゃあ、また月曜日にな」

「はい! 今日も送って頂き、ありがとうございます」


 いつも明るいな。

 音水の挨拶を聞いているだけで、こっちも元気になれる。


 駅に向かって歩き出そうとした時だった。


「待ってください」


 急に音水が俺を呼び止めた。


「どうした?」

「あの……、以前の約束、覚えてますか?」

「約束?」

「倉庫に閉じ込められた日の事です。ハロウィンコンテストが成功したら、ご褒美を頂けるという約束ですけど……」


 そういえば九月の上旬にそんな約束をした覚えがある。


 確か、モノではないご褒美……だったか。


「もちろん覚えてるぜ」

「楽しみにしていますね」

「……変なことをお願いしたりしないよな?」

「んっふふ~♪ さあ、どうでしょう?」


   ◆


 電車に乗った俺は自宅の最寄り駅に到着した。


 改札を通って駅を出ようとした瞬間、出口でスマホを操作している女性と出くわす。


「雪代……」


 雪代希美……、俺の元カノで今は敵。

 一週間後、テーマパークで俺達はイベント対決をすることになっている。


 俺を見た雪代は、子供がオモチャを見つけた時のように嬉しそうな顔をした。


「よぉ。笹宮! 今帰りか?」

「ああ」

「へっ! どうせ途中まで同じ道だろ。ほら、来いよ。アタシと一緒に帰ろうぜ」


 コイツの喋り方、変わらないなぁ。

 学生の頃から周りを強引にまとめ上げてきたためか、この男口調が完全に素になっている。


 黙っていれば美人なのにな。


「雪代もこの駅を使ってたんだな」

「まあな。大学の時、この辺に住んでたじゃん? それでな~んとなくね」

「ふっ……。俺も似たような理由だ」


 昔に戻りたいというわけではないが、俺のなかで一番充実していたのは大学時代だったような気がする。


 ほとんど雪代に振り回される日々だったが、それなりに楽しかった。


 雪代はいつも強引でみんなを引っ張り、メチャクチャだがどんなことにも挑戦していた。


 俺はいつも散々な目に遭っていたが、雪代のそういうところが好きだったんだろう。


 彼女とは敵同士になってしまったが、こうして歩いていると以前と同じように気兼ねなく話すことができる。


 少し歩くと、左右に分かれる道があった。


 雪代は右側を指さして言う。


「アタシんち、こっちなんだよね」

「そうか、俺は反対だからここでお別れだな。じゃあな」


 そういって自宅に向かって歩き出そうとした時、雪代は俺の手を握った。


「あのさ……」

「ん?」

「今日、笹宮の部屋に行っていい?」


 さっきまでの男勝りの口調はなくなり、雪代は怯えるように震える小声でそう口にした。


 もし顔を見ていなければ、別人ではないかと思うほどの変化だろう。


 だが、彼女のその申し出を受け入れるわけにはいかない。


「……普通にダメだろ。もう俺達そういう仲じゃないんだから」

「でも笹宮もフリーだろ?」

「そうだが……」

「私もフリー。これって問題なくない?」


 そうなのだが、それでも俺達はもう別れたんだ。

 ここで気を許すと、どちらにとってもいい結果にはならないだろう。


「……ダメだ」


 すると雪代は俺の手を左右に振りながら、子供のように駄々をこね始める。


「う~。いいじゃ~ん。今日は一緒にいよ~よ~」

「俺の手で遊ぶな」


「さ~さ~み~や~。一緒にいてよ~」

「駄々をこねてもダメだ」


「さ~さ~み~や~。夜道は怖いんだよ~。ね~てば~」

「ガキか」


 雪代の駄々っ子は今に始まったことではない。

 大学の時も、よくこうしてわがままを言われたっけ。


「……じゃあ、雪代の自宅まで送ってやるよ。部屋には上がらないが、それでいいか?」


 夜道が怖いのだったら、これで十分なはずだ。

 きっと納得してくれるだろう。


 そう思ったが、雪代はあからさまに不服そうな顔をした。


「ちぇっ……。エッチしよって言ってるのに、なんなんだよそれ」

「ストレートに言うなよ」


 こうして俺は雪代を自宅まで送ることにした。


 彼女は駅から徒歩十分の場所にあるキレイめのマンションに住んでいた。


 うちの古いマンションとは大違いだ。

 うらやましいぜ。


 マンションの入口に到着すると、雪代はまた小声で話かけてくる。


「ねぇ。本当に上がってかないの?」

「そう言っただろ」

「……なんかさ、水道の調子が悪いんだけど見てくんない?」

「その手に乗るか」


 正直、駄々っ子のように振る舞う雪代は可愛い。

 わがままを聞いてあげたくなるが、ここは我慢だ。


 さらに彼女は食い下がる。


「ちなみにさ……笹宮の家はどこよ」

「ん~。向こうの方だな」

「ほぉ~ん。……ついて行っていい?」

「送ってきた意味がなくなるだろ」


 これじゃあ埒が明かない。

 強引に振り切って帰ろうとした時、再び雪代が呼び止める。


「おい……」

「今度は何だ……」

「おやすみって言ってくれよ」


 はぁ……。まぁ、このくらいならいいだろう。


「……おやすみ。雪代」

「へっへ~ぇ。おやすみ、笹宮」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、楓坂の部屋にご訪問!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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