10月13日(火曜日)スタッフが足りない


 十月中旬の火曜日。


 人材派遣会社と打ち合わせを終えた俺と音水は、カフェで今後について話し合っていた。


「ここまでスタッフが確保できないとは……」


 十月末に行うハロウィンコンテストの結果発表イベントだが、必要なスタッフが決定的に足りなかった。


 理想は十人欲しいところだが、とてもじゃないが足りない。


 だがハロウィンシーズンという事もあり、どれだけ人材派遣会社を回ってもスタッフを確保することができなかった。


 普段は明るい音水も、今日ばかりは資料を渋い顔で見ている。


「当日、私達が仮装スタッフとして参加しても、最低四人は欲しいですね……」


 そう……、せめて四人いればなんとかなるのだ。

 どうすればいいか……。


 資料を見て考え込んでいた時、空いていた隣の席にキャベツと豚肉が入ったエコバッグが置かれた。


 何事かと顔を上げると、そこには獅子すら怯える眼光で俺を見る美人が立っていた。


 結衣花の母……、結香里ゆかりさんだ。


「え……。結香里さん?」

「話は聞かせてもらったわ」


 氷のような無表情の彼女は、俺達が驚いていることも構わず席に座る。


「どうしてここに?」

「近くのスーパーでキャベツの特売があったから、それを買いに来たのよ」

「ご自宅からここまで結構距離があると思うんですけど……」

「自転車で立ちこぎすれば、一時間くらいどうってことないわ」


 イケメン美人が自転車で立ち漕ぎか……。

 なんかシュールだな。


 結香里さんは自分のコーヒーをテーブルに置き、ゆっくりとひと口飲んだ。


「立ち聞きするつもりはなかったけど、笹宮君が他の女性と居たので立ち聞きさせてもらったわ」

「立ち聞きをそこまで堂々と言う人、初めて見ました……」


 すると結香里さんは紙のコースターに何かを書き、俺に手渡す。


「ここに行きなさい。希望通りになるかどうかわからないけど、多少の融通はしてくれるわ」


 そこに書かれていたのは、人材派遣会社の社名と住所だった。


 ほとんどの人材派遣会社は把握しているつもりだったが、この会社名は初めて見る。


 おそらく最近設立した会社で、結香里さんはなにかしらの形で顔が利くのだろう。 


「結香里さん、ありがとうございます」

「お礼は言葉ではなく結果で見せなさい。私はそれを期待している。――以上」


 残っていたコーヒーを一気に飲み干した彼女は立ち上がり、キャベツの入ったエコバッグを持って店を出て行った。


 さすが男前主婦。

 助け船を出す時もイケメンだ。


 女にモテる女って、ああいう人なんだろうな。


 もしかして結衣花も大人になるとああなるのか?

 いやいや、さすがにそれはないだろう。


「あの……。さっきの方は……もしかして……」


 結香里さんの存在に戸惑っていた音水が、おずおずと訊ねてきた。

 やはり相当驚いているが、それも致し方ない。


 すでに知り合っていた俺ですら、結香里さんのイケメンぶりには驚愕しているくらいだ。


 音水は言う。


「笹宮さんの……こ……恋人ですか!?」

「なぜそうなる」

「笹宮さんって年上好きだから」

「そんな話、一度もしたことないんだが?」


 ……最近仕事が忙しくて忘れていたが、音水もよく驚くような発言をする女子だった。


 いったいいつ俺が熟女好きみたいな勘違いをしたんだ……。


「いちおう言っておくが、結香里さんはご結婚していて娘もいるんだ」


 ガタっと、音水は席を立った。


「つまり……、笹宮さんは人妻好き!? そんな……私に勝ち目ないじゃないですか!!」

「おまえ、どこまで暴走するつもりだ」


 以前のやりとりで、音水が俺に好意を抱いてくれていることは知っている。


 だが、俺は音水の気持ちに応えることはできない。


 先輩の紺野さんは社内恋愛をしてもかまわないと言ってくれたが、やはり元教育係が新入社員に手を出すのは良くないだろう。


 部署の変更、もしくは別支店へ移動も考えられる。

 その時、飛ばされるのは社歴が浅い音水の方になる。


 俺が音水にしてやれることは『先輩として後輩を応援すること』なんだ。


 今日はそのことをちゃんと伝えよう。


「いいか、音水。よく聞いてほしい」

「笹宮さんだけを見ていたいです」

「耳は傾けてくれ」


 いつも俺は映画のセリフを応用して失敗してきた。


 だが今日は違う。

 相手が女性なのだから、参考にするのは少女漫画にするべきだったんだ。


 ゆっくりと呼吸を整え、俺は真っすぐ彼女を見た。


「お前に触れた瞬間から、俺の心は決まっていたぜ。ずっと……ずっと音水のことを応援したい」


 どうだ……。俺の想いは伝わったか!


「笹宮さん……」

「どうした」

「キュンキュンしすぎて、叫び出しそうです」

「すまない。我慢してくれ」


 むぅ……。どうやら俺はまた失敗したようだ。


 とにかく、イベントに必要なスタッフの確保できた。

 いよいよ雪代と対決だ。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、帰り道で雪代と一緒になってしまう!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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