10月11日(日曜日)結衣花の母親


 日曜日の午後三時。

 気分転換に公園に来ていた俺は、ベンチに座っていた。


 うとうとしかけたその時、……ふわりと風が吹く。


 前を見ると、私服姿の結衣花が立っていた。


「こんにちは。お兄さん」

「よぉ。結衣花」


 この公園は以前花火大会が開かれた場所で、結衣花の自宅近くだ。

 以前もここで散歩中に彼女と会ったことがある。


 もしかすると会えるかもしれないと思っていたので、それほど驚きはなかった。


「お兄さんも散歩?」

「ああ、のんびりしたくてな」

「いい天気だもんね」

「そうだな。気持ちのいい日曜日だ」


 暑くもなく、寒くもなく、ちょうどいい気温。

 加えてこの青空だ。


 散歩するには最高のシーズンだろう。


 ……だが俺には、どうしても気になることがある。


「ところで結衣花。ひとつ訊いていいだろうか」

「答えらえる範囲でね」


 俺は少し離れた場所からこちらを見ている女性に視線を向けた。


 お世辞を抜きにしても、モデルのような美人だ。


 長い髪を無造作に後ろで束ね、胸はあるがスラッとしたボディライン。

 服装はカッターシャツに長ズボンとスタイリッシュな装いをしている。


 そして……獅子すら怯えそうな眼光で……俺を睨んでいた。


「なぁ……あそこにいるご婦人は知り合いだろうか?」

「私のお母さん」

「なるほど」


 結衣花の母親は俺の視線に気づくと、キビキビと歩いてきた。

 そしてベンチに座る俺の目の前で仁王立ちし、腕を組む。


 必然的に俺はお母様から見下されるような状況になった。


 威圧感がハンパじゃない……。


「笹宮和人さん……でよろしいかしら? 私は結衣花の母、結香里ゆかりです。よろしく」

「は……はい。初めまして……結香里さん」


 こ……こえぇ……。


 殺気が込められているような声。

 しかも結衣花と同じように淡々としゃべるから、よけいに冷酷さが強調されている。


「いつも娘が世話になっているようね」

「いえ……、そんなことは……」

「遠慮しないで。無駄は嫌いよ」

「はい……、すみません」


 怖すぎて、つい委縮してしまっている。


 もしかして社会人の俺が女子高生といるから、怒っているんだろうか。

 それとも別の理由が?


 えぇい! 多くの人から鈍感と言われた俺にわかるわけがない!


 ここは結衣花先生に聞くとしよう。


 もちろん小声で結香里お母さまに聞こえないようにだ。


「なあ、結衣花。お母様はどうして怒ってるんだ?」

「え? 怒ってないよ。むしろ機嫌がいい方じゃないかな」

「まじで?」


 あれで怒ってないのか?

 どう見ても、殺気立ってるだろ……。


 その時、近くでサッカーをしていた少年たちが声を上げた。


「危ない!」


 少年たちが蹴りそこなったボールが、結香里さんに向かっていく。

 しかもかなりの勢いだ。


 直撃すると思われた瞬間――、


 バッシィッ!!


 なんと結香里さんは片手でボールを叩き落とした。

 さらにバウンドしたサッカーボールをシュートし、見事ゴールネットに入れる。


 そして一言。


「ふぅ……。手加減がまだ足りなかったわね」


 なんだこの人。イケメンか……。


 見事なナイスシュートを見て、少年たちは大喜び。

 結衣花はというと、いつものフラットテンションで拍手をしている。


 そして俺は呆然としていた。


「おい、結衣花。……結香里さんって何者なんだ?」

「普通の専業主婦」

「主婦ってこんなんだっけ?」

「いまどきはこんなもんでしょ」


 いや、たぶん違うと思う。

 うちのおふくろなんて、ボールを蹴ることすらできねぇし。


 結香里お母さまはこちらに向き直った。


「結衣花」

「なに?」


 結香里さんはポケットから財布を取り出し、ぽ~んと結衣花がキャッチしやすいように投げる。


「それで飲み物を買ってきて。笹宮君の分も」

「うん」


 財布を受け取った結衣花は自販機のある方向へ歩いて行った。

 言動がもはやイケメンだ……。


 俺の隣に座った結香里さんは、クールな声で淡々と話しかけてくる。


「話は聞いているわ。君が結衣花と仲良くしていると……」

「は……はい」


 なんだ……。怒られるのか。

 さすがにこの声で怒られたら泣く自信があるぜ。


 だが、彼女の次の一言は予想外のものだった。


「ありがとう」

「……え?」

「笹宮君と出会った頃から、あの子は明るくなったわ。感謝している」


 そう言った結香里さんは俺を見て、ふっ……と笑った。


「私の願いは結衣花を悲しませないでということ。それさえ守ってくれれば、あとは私が責任を取るわ。以上。話は終わりよ」


 ちょうどその時、飲み物を買ってきた結衣花が戻ってきた。

 結香里さんはその中にある缶コーヒーを手に取り、俺に渡す。


「これ、私のおごりよ。飲みなさい」

「……はい」


 なんか俺……、主君に仕える兵士みたいになってんじゃん。


 後で結衣花から聞いた話だが、俺は結香里さんからかなり気に入られたらしい。


 よかった……。生きててよかった……。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、イベントスタッフが足りないところへ救世主が!

音水の勘違いがまた炸裂!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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