10月7日(水曜日)好きの違い


 通勤電車に乗りながら、俺は後輩のことで悩んでいた。


 最近、音水の様子がおかしい。


 今まであった勢いが弱くなり、どこかよそよそしい態度をしてくるようになった。


 きっかけはおそらくツーショット撮影をしようとした時、偶然俺に抱きついてしまったことだろう。


 だが、今までにもスキンシップは少なからずあった。


 なぜ急に態度を変化させたのだろうか……。


 そんなことを考えていた時、女子高生が挨拶をしてくれる。 


「おはよ。お兄さん」

「よぉ。結衣花」

「今日もお悩み事?」


 こういう時、頼りになるのは結衣花だ。

 しかし、後輩と言えば相手が俺だとバレてしまう。


 とりあえず、同僚の話として相談してみよう。


「実は同僚が悩んでいてな……」

「あ……、うん。察し」

「え、なんだ?」

「ううん。続けて」


 何を察したというのだ。

 まさか同僚が俺だとバレたのか!?


 いやいや、さすがにそれはないだろ。

 話し始めて三秒くらいしか経ってないんだぜ。


 とりあえず俺は相談内容を打ち明けた。


「その同僚の男は年下の女性社員から好かれているそうなんだ」

「よかったね」

「俺じゃなくて同僚の話な」

「はいはい」


 バレて……ないよな。

 うん、大丈夫だ。


 ふぅ……、危なかったぜ。

 結衣花のやつ、勘が鋭いから注意しないと。


「だが最近、アクシデントで彼女が同僚男性の体に触れてしまったらしい」

「ほうほう」

「その後、彼女の様子が変わったそうなんだ。それで嫌われてしまったのかと心配している」


 すると結衣花は納得するように頷いた。


「あー、なるほどね」

「わかるのか?」

「うん。余裕」


 さすがだな。

 まさかこんな簡単にわかってしまうとは……。


 結衣花は俺の腕に掴まりながら、淡々と説明を始めた。


「えっとね。好きにも種類があって、それまで年下の女性さんは『憧れの好き』だったんだよ」

「ほぅ」

「でも、同僚男性さんの身体に触れたのがきっかけで、『本能的な好き』も発生しちゃったわけ。だから嫌われたわけじゃないよ」


 結衣花は俺の腕をムニった。


「ええっと……、つまりライクとラブの違いってことか?」

「どっちもラブだけど、色が違う感じ」


 再び女子高生は俺の腕をムニった。


「本能的な好きと言うのがよくわからないんだが……」

「よくあるのが一目惚れかな。あんなふうにビビッてなるの」

「体に少し触れただけで?」

「うん」


 そして結衣花はもう一度、俺の腕をムニった。


「人を好きになるのって花粉症と一緒だからね。今までは普通だったのに突然そうなっちゃうとか」

「なんだか深いっぽい言い回しだな」

「カッコいいでしょ」


 ほぉ……。いままで考えたこともなかった。

 一目惚れって単純に外見が好きという意味だと思っていたが、そうじゃなかったんだ。


 しかし……と、俺は疑問に思う。


「結衣花はどうしてそんなに詳しく説明できるんだ?」

「友達に聞いたの」

「なるほど。納得だ」


 すると女子高生は、顔を俺とは別の方向に向けてつぶやいた。


「ちょろいなぁ」

「なにか言ったか?」

「ううん。なにも」


 はっきりと「ちょろい」って言われたのが聞こえていたが、なにを指しているのかが分からない。


 結衣花は床を眺めながら、淡々と語り始める。


「私の友達もね、最初は駅のホームで見かけて憧れただけだったんだけど、その人の腕に掴まった時にビビビッときたんだって」

「いい話だ」


「でも友達はある理由で、その人と付き合えないの」

「切ないじゃないか」


「しかもその男の人、すごい鈍感で全然気づかないんだって」

「いるよなぁ、そういう男。許せん」


「で、友達はどうでもいいやって思うようになってるんだけど、やっぱりその人と話している時が楽しいって言ってた」

「なるほど。その友達の気持ち、よくわかる」


 逐一胸を突く結衣花の話に、俺は何度も頷いた。

 だが結衣花は、俺の様子をなぜかあきれたような表情で見ている。


「……なんか、腹立ってきたんだけど」

「……よくわからんが、すまん」


 結衣花は俺の反応が気に入らなかったみたいだが、今の話に似たことを俺は体験しているため、友達さんの気持ちがよくわかった。


 そう思ったからだろう。

 俺はつい、いつも心の中に貯めていた本音を話したくなった。 


「まぁ……、でもそうだな……。同僚にも相談に乗ってくれる人がいるんだが、そいつといる時間をいつも楽しみにしているって言ってたぜ」

「そう……だったの?」

「けど、同僚のその気持ちは相手には伝わっていないらしい。どっちも不器用だよな」


 本当に不器用だ。

 同僚とは俺のことで、相談相手というのは結衣花のこと。


 相手が女子高生である以上、不必要に接してはならないのだが、それでも俺は結衣花と話すこの時間が大切だった。

 手放したくないと思う。


 結衣花は下を見たまま、柔らかい声でつぶやいた。


「……たぶん、伝わってると思うよ」

「どうかな」

「お兄さんの……バカ」

「……なにか俺、変なこと言ったか?」

「ううん。そんなことないよ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、結衣花の母親が登場!?

美人ですか? はい美人です!


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)



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