9月24日(木曜日)音水のライバル意識


 会社にある休憩室。

 俺は缶コーヒーを飲みながら、音水の上司である紺野さんと話をしていた。


 ウルフカットの彼は持ち前の活きのいい喋り方で、仕事について話をしている。 


「……ってなわけで、ハロウィンコンテストの結果発表イベントは笹宮と音水の二人に現場管理を任せるぜ」

「すみません。こんなことになって……」


 雪代と対決することになったため、俺は結果発表イベントの現場管理につかせて欲しいと願い出ていた。


 事情を知った紺野さんは、驚きながらも了承をしてくれる。 


「いいってことよ。むしろ助かってんだ。オレのチーム、かなりキャパがきつくてな……。笹宮以外にもヘルプを出してる状態だったんだ」


 精鋭を集めた紺野さんのチームはこの会社のエースだ。

 新しい提案を次々と決めてくる

 特に七月以降の活躍はめざましい物があった。


「しっかし、雪代ゆきしろ希美のぞみか……。これまたとんでもねぇ奴を敵に回したな」

「有名なんですか?」

「一部ではな……。一言でいうなら、企業再生の切り込み隊長だ」


 紺野さんはそう言うと、飲み終えたコーヒーの缶を握りつぶしてゴミ箱に捨てた。


 ……コンコン。


 休憩室のドアをノックして入ってきたのは後輩の音水だ。


「失礼します。笹宮さん、そろそろハロウィンコンテストの打ち合わせに行かないと……」


 彼女の天真爛漫な笑顔は、見ているだけで疲れを癒してくれる。

 若い女子社員を見てそんなことを考えてしまうのは、俺がオッサンに近づいたからだろうか。


 だとすると気を付けねばならない。


 紺野さんは肩を大きく回して、俺の方を見た。


「んっじゃあ、音水のことを頼む。頼りにしてっからよっ!」


 そのまま休憩室を出て行くのかと思いきや、紺野さんは俺に近づいた。


「それとぉ……。オレは社内恋愛擁護派だから、筋さえ通せば応援するぜぇい」

「な……、なんのことですか……」

「いいから、いいから。たまには流されろってぇことだ!」


 全部わかってるんだぜと言いたげな含み笑いをしながら紺野さんは去って行った。


 うーん。変な誤解をしていなければいいのだが……。


   ◆


 打ち合わせを終えた後、俺と音水は車で会社に向かっていた。


「ふぅ……。あのクライアント、話が長いな……」

「はは……、そうですね」


 仕事の話で長くなるのならいいが、育児の悩みなんて相談されても答えようがない。


 結婚はおろか、俺には彼女すらいないんだぜ?

 むしろその悩みを持ちたいよ。


「私も……、好きな人の子供について悩みたいです……」


 音水が社会人ではなく、一人の女性としてそう言ったのはすぐに気づいた。


 やべぇ……。意識しすぎて緊張してしまう……。


 少し前、レストランで雪代と話をしていた時、音水は勢い余って俺の事が好きだと大声で叫んだことがあった。


 本人曰く『先輩として好き』という意味だったと言ってるが、さすがの俺も本当は恋愛感情だということくらいは気づいている。


 とはいえ、彼女がそう言うのなら俺からアクションを起こすのは不自然だ。


 あれから俺は必死にいつも通りにしようと心掛けているが、どうしても気持ちは落ち着かない。


「笹宮さん、どうしたんですか?」

「うおぉっ!?」


 会社の駐車場に停止した時、音水が突然話しかけてきたので俺は声を上げて驚いてしまった。


「……な、……なにがだ?」

「最近うわの空になる時が多いですよ。しっかりしてください」

「そう……だな。……うん。悪かった」


 音水の方は全然気にしている様子がない。

 もしかして、本当に先輩としてでしかないのか?


 車から降りた音水は、両手で握りこぶしを作って構える。

 

「私! 絶対に雪代さんには負けたくないんですよね!」

「すごい意気込みだな」

「はい! 見ていてください!」


 最高の笑顔で言いやがって。

 ったく、これはうかうかしてると俺が足をひっぱってしまうな。


 だが、その時だった。


「……あれ?」


 立っていた音水がフラ~っと力が抜けるように倒れそうになった。


「おい!」


 俺は慌てて倒れそうになる彼女を受け止める。


「おい……、大丈夫か……」

「あ……はは……っ。最近忙しかったので、ちょっと無理をし過ぎたみたいです……」

「まさか、休日もずっと仕事をしていたのか」

「私、どうしても負けたくないんです」


 だからって無理をするのは違うだろ。


 ……いや、俺だって無理をして楓坂達に心配をかけたんだ。

 人の事は言えない。


 音水を車の座席に戻した俺は、再び車に乗って近くのコンビニに向かった。


「どこへ行くんですか?」

「今日は時間が少し余ってるんだ。少し休もうぜ」

「それって……もしかして!?」


 なぜか音水は驚いた。


「こういう時、コンビニってありがたいよな」

「え? お城みたいなホテルじゃないんですか!?」

「お城!?」

「いえ! こ……、コンビニって現代のお城みたいな存在だなぁっと思って……」

「……そうか?」


 うーん。

 音水って独特な感性をしてるんだな。

 


■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、楓坂とお風呂? え!? お風呂!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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