9月22日(火曜日)三人で寄せ鍋


 連休最終日の夕方。


 部屋に美味そうな香りがし始めた時、インターホンの音が鳴った。

 やってきたのは隣に住んでいるメガネ美人の大学生・楓坂だ。


「こんばんは。夕食に呼んで頂いてありがとうございます」

「なに遠慮してんだよ。ほら、上がれよ」

「うふふ。おじゃまします」


 リビングに入ると、ダシと醤油の優しい香りが部屋に広がっている。

 もうこの時点で飯を三倍は食えそうだ。


 するとキッチンの方から、女子高生が顔をのぞかせた。


「楓坂さん、お帰りなさい」

「ただいま、結衣花さん。もしかして鍋ですか?」

「うん、寄せ鍋。もうすぐできるから待っててね」


 キッチンに戻る結衣花を見ながら、楓坂はうっとりとした表情へ。


「はぁ……、エプロン姿の結衣花さん。……めちゃすこ。……神……」

「女子大生が後輩に言う言葉じゃないな……」


 仕事はできるのに、それ以外のことになると本当にだらしない。

 困ったやつだ。


 すると楓坂はくるりとこちらを向いた。


「笹宮さんは見てはいけませんよ。純白の清らかさが、けがれてしまいます」

「じゃあ、楓坂のエプロン姿を見せてくれよ」

「指定してくるとか、いやらしっ」

「ひどい言われようだ」


 べっと舌をだす楓坂。

 おい、かわいいぞ。


 だが結衣花に何から何まで任せっきりは良くないな。


 俺はキッチンに向かい、結衣花に声をかけた。


「なあ、結衣花。なにか手伝えることはないか?」

「じゃあ、食器を用意してくれる?」

「わかった」


 棚から食器を取り出して、リビングにあるテーブルの上に並べる。


 おっと、鍋ならカセットコンロも用意しておかないとな。

 やっぱり鍋といえば、グツグツ言わせて食べるのが乙というものだろう。


 ちょうどこちらの準備ができたころ、結衣花が鍋を持って現れた。


「できたよ」


 カセットコンロの上に鍋を置き、フタを開ける。

 すると野菜や魚がキレイに配置された寄せ鍋が姿を現した。


「おぉ……。テレビで見るような鍋料理だ。現実で拝める日がくるとは……」

「スープに透明感があるわ……。尊さで倒れちゃいそう」


 俺と楓坂の変わった感想を聞いて、結衣花は首を傾げながら言う。


「……普通の寄せ鍋だと思うけど、二人ともちゃんとご飯食べてる?」


 じゃあ、いただくとするか。


 ……と、鍋を挟んで正面に座っていた楓坂がメガネを取ってケースに入れた。


「あれ? 楓坂は食事の時、メガネを取るのか?」

「はい。鍋の時はどうしても曇りますので」


 ははぁん。なるほど。

 メガネが曇るのははずかしいんだな。

 よぉし……、ちょっとからかっておこう。


「ふっ……。残念だぜ。曇ったメガネを掛けているお前を見たかったんだがな」

「あなたのそういう意地の悪いところ、すごくすごく好きよ」


 お互いにニコニコ笑いながらけん制をし合っていると、今度は中央の席に座っている結衣花が割って入った。


「ほ~ら、二人とも。仲良くしないとダメでしょ」

「「はーい」」


 少しイタズラっぽく言いはしたが、俺はメガネが曇った女子がかわいいと思っている。

 普段はお嬢様っぽく振る舞っている楓坂がメガネを曇らせるなんて見てみたいではないか。


 今回は逃したが、次の機会を狙っておこう。


 寄せ鍋の魚や野菜を食べながら、俺は舌鼓を打った。


「うまい。……鍋っていいよな。いつの間にかついつい食べてしまう」


 すると結衣花はいつのもフラットテンションは崩さず、人差し指を左右に振る。


「ふっふっふ。お兄さん、満足するのはまだ早いよ」

「なんだと……」

「寄せ鍋の楽しみは締めのうどんじゃないかな」

「ほう……、さすがは結衣花だ。心得ているな」


 うどんを入れた後、俺達はがっつくように食べた。


 はぁ~、美味い!

 これがあるから秋はいいんだよな。


 楓坂も美味しさを楽しみ、そんな風景を見ている結衣花は嬉しそうだ。


 こうして時間が過ぎ、もうすぐ午後七時になろうとしていた。


 食事を終えて食器を片付けた後、俺はリビングにいる楓坂に声をかける。


「じゃあ俺は結衣花を家まで送っていくよ」

「なら私もついて行きますね」

「俺一人でも大丈夫だぞ」


 すると楓坂は、 『わかってないな』という顔をして俺に近づいた。


「結衣花さんのご両親があなたを見たら誤解されるでしょ」

「あぁ、そうか」


 仲がいいのでうっかり忘れそうになるが、社会人の俺が女子高生と夜まで一緒にいるのはいいことではない。


 こうして楓坂が間に入ってくれているから、体裁が整っているのだ。


 自動車に二人を乗せ、俺は結衣花を自宅まで送り届けた。


 結衣花が住んでいる場所は、俺のマンションから少し離れた住宅街。花火大会が行われた公園の近くだ。


 お嬢様学校に通っているから金持ちなのかと思ったが、家は普通の一軒家だった。


 車を降りた結衣花は俺に向かって手を振る。


「じゃあね、お兄さん」

「ああ、またな」


 続けて楓坂も声をかけてきた。


「私もご両親にご挨拶をしてきますね。安心させてあげたいので」

「わかった、待ってるよ」


 さて、ゆっくりと休日を過ごすことができた。

 明日から、また仕事を頑張るか。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、音水が頑張り過ぎてしまってハプニング!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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