9月20日(日曜日)楓坂の心配


 九月の大型連休に入り、俺は仕事に追われていた。


 元々あった仕事に加え、ハロウィンコンテストの結果発表イベントにも参加することになったためだ。


 連休二日目の日曜日。

 担当していたスマホの販促キャンペーンを終え、俺はようやく一息つくことができた。


 結果は上々。

 だが、俺の体力は限界に来ていた。


「やっべぇ……。頭がクラクラする」


 そういえば、ここ最近ちゃんと寝てないな。

 少しだけ、ベンチに座って休憩しよう。


 俺はコンビニの脇に設置されたベンチに座った。

 普段よく使うコンビニだが、このベンチに座ったのは初めてかもしれない。


 目を閉じて少しでも体力を回復させようとした時だった。


「笹宮さん、大丈夫ですか?」


 呼ばれたので目を開けてみると、すぐ前にメガネ美女の楓坂がしゃがむような姿勢でこちらを見ていた。


「楓坂……。どうして……?」

「コンビニに立ち寄ろうとしたら、笹宮さんが見えたので声を掛けてみたのですが、……おつかれのようですね」

「ああ、ちょっとな」


 時間を確認すると午後八時。

 どうやらベンチに座ったまま十五分程度寝ていたようだ。


 こりゃあ、想像以上に疲れているな。


 すると楓坂は立ち上がって、俺に顔を近づける。


「食事、食べましたか?」

「いや、まだだ。……帰ったら作るが、楓坂も食べるか?」

「この状況で作ってくださいなんて言えるわけがないでしょ。私が用意しますよ」


   ◆


 部屋に入ると、楓坂はヘアバンドで長い髪をまとめた。


「笹宮さんは先にお風呂で疲れを取ってくださいな。そのあいだに私が食事の支度をしますので」


 いつもなら料理が苦手なのに大丈夫かと訊ねるところだが、今日は言われた通りにしよう。


 実際に疲れているというのもあるが、楓坂が心配してくれているんだ。

 ここは甘えない方が失礼だろう。


 風呂から上がると、楓坂はすでに料理をテーブルの上に並べていた。


 ハンバーグ、ひじき煮、サラダ。そして豆腐とネギが入ったみそ汁。

 こうして並ぶと、なかなか豪華だ。


「コンビニのお総菜を並べただけですが……」

「いや、嬉しいよ。こんな時間だし、楓坂も疲れているんじゃないのか?」

「さっきまで疲れてベンチで寝ていた人のいうセリフじゃありませんよ」

「ふっ……。それもそうだな」


 楓坂は並べただけと言っていたが、みそ汁は楓坂の手作りだろう。

 みそ汁を一口飲んだ俺は、ゆっくりと息を吐く。


「うまいな」

「コンビニのお惣菜ですからね。おみそ汁だって混ぜるだけですし」

「そうじゃなくて、楓坂とこうして食べるのがうまいってことだ」


 その言葉が気になったのか、彼女はピタリと動きを止めて俺を見た。


「……どうしたんだ?」

「あなたって、どうしてそんなセリフを普通に使うんですか……」

「……すまん。他意はなかったんだが、思ったことをつい」

「よけい性質が悪いですよ」


 少しいじけたように楓坂はプイッとそっぽ向く。

 こういうところ、かわいいよな。


 疲れている時に世話をされたせいで、よけいにそう思ってしまうのかもしれない。


「楓坂……」

「はい?」

「ありがとう」


 彼女はキョトンと目を丸くして、二回まばたきする。

 そしてスッと近づき、俺の太ももをタップしてきた。


「もうっ」

「なんだよ」

「もうっ」

「だからなんだって……」


 なにも言わないくせに、何かを抗議してくる。

 だが彼女の表情は照れているような、喜んでいるような、不思議な表情をしていた。


 それにしても疲れて自宅に帰った時に、誰かと食事ができるっていいよな。


 一人だとただ口に入れるだけだが、こうして誰かといると気持ちまで満たされる。


 食事を終えると、楓坂はトートバッグを肩に掛けた。


「それでは私は帰りますね」

「玄関まで送るよ」

「隣ですよ?」

「俺がそうしたいんだ」


 別に玄関まで送るのはこれが初めてではなかったが、今日に限って楓坂は不思議そうな顔で首を傾けた。

 

「あなたって、変なところで律儀ですよね」

「よく言われる」


 外に出ると、心地いい風が吹いていた。

 もう九月も下旬だ。

 少しずつ涼しくなってくるだろう。


 楓坂は自宅のドアを開き、こちらを見た。


「笹宮さん。あまり無理はしないでくださいね」

「ああ。今日みたいなことは滅多にないさ」

「絶対って言って欲しいんですけど」

「そうだな」


 自覚はしているが、俺はついつい無理をしがちだ。

 正直、絶対と言い切れる自信がない。


 それでも楓坂に心配をかけさせたくないので、相槌だけは打つことにした。


「明日から二日間、叔父のところにいくので留守にしますが、もし何かあれば連絡してください」

「ああ」

「おやすみなさい。笹宮さん」

「おやすみ」


 挨拶を終えた俺は、自分の部屋に戻った。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、いつも励みになっています。


次回、連休中の笹宮の自宅にやってきたのは結衣花だった!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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