9月16日(水曜日)雪代希美


 音水の企画によって進められてきたハロウィン・イラストコンテストだが、大手広告代理店の部長・雪代が潰しにかかると宣言したらしい。


 そして雪代は俺の元カノだった。


 結衣花にケジメをつけた方がいいとアドバイスされたこともあり、俺は意を決して大手広告代理店の社員に電話をした。


 その相手というのは、音水の見合い相手だった男性だ。

 男性はハキハキとした声で電話に出た。


「これは笹宮さん! その節は大変申し訳ありませんでした!」


 とても丁寧なあいさつ。電話の向こうで、たぶん頭を下げているんだろうな。


「いえ、お気になさらず。……ところで、イベント事業部の雪代部長とお話をしたいのですが、連絡は取れそうでしょうか?」

「雪代部長ですか?」


 訊ねられた男性はしばらく間を空けて、再び会話を進めた。


「申し訳ありません。ついさっき、コラボ先のテーマパークへ視察に行ったそうです」

「テーマパークへ?」

「はい。コンテストの結果発表イベントに合わせて、こちらはライブイベントをぶつける予定なんです。トラブルになると反対したんですが……」


 ライブイベントか。


 そんなものを近くでされたら、イラストコンテストの結果発表なんて存在感そのものがなくなってしまう。


 なんとかしないと……。


 こうして俺は音水を連れて、雪代がいるテーマパークへ向かった。


   ◆


 テーマパークに到着するや否や、一緒についてきた音水が頭を下げた。


「笹宮さん、すみません! 私のウソでこんなことになってしまって……」

「いや、雪代はたぶん俺への当てつけでこんなことをしているんだ。音水のせいじゃない」


 本当なら別チームの企画に俺が首を突っ込むのはおかしいのだが、社長に雪代の名前を出すとすんなり許可が下りた。


 俺も知らなかったが、どうやら雪代は経営者の間では有名らしい。

 二十六歳で部長職についたことと関係があるのだろう。


 ふと見ると、音水はこちらをチラチラと伺っていた。


「……笹宮さん、今日はなんだか落ち着いてますね?」

「そうか?」

「ええ……。昨日、応接室を出てからずっと眉間にしわを寄せていたのに、今はいつも以上に冷静というか」


 雪代に会うのは嫌だったが、結衣花に「ケジメをつけろ」と言われて、逃げ腰だった俺は前を向くことができた。


 結衣花には感謝しないとな。


 その時……、明るい色の髪をした女性とすれ違った。


「ん……?」

「……雪代?」


 なつかしい気の強そうな美人。

 明るい色の長い髪は部分的にカールを入れている。

 二十六歳ではあるが、見た目年齢は音水と同じくらいだろう。


 五年ぶりの元カノとの再会だ。


「よお。笹宮! ひさしぶり! どったの?」

「雪代なのか……。探したんだぞ」


 今だけじゃない。

 五年前だって、本当に探したんだ。


 別に今さら彼女に特別な感情は残っていないが、それでもこうして久しぶりに会えると、じーんとするものが沸き上がる。


 だが、雪代は中年のオッサンみたいなにやけ顔で俺に腕を叩いた。


「へっへぇ~! なんだよぉ。アタシに会いに来たわけ? あっはっはっ! 相変わらずの忠犬ぷりじゃねえか! こいつぅ~♪」

「軽すぎだろ……。そして叩くな」


 ……こいつ。

 俺が心配してたことなんて、全然気にしてないな。

 まぁ、知ってたけどさ。こういう奴って。


 さらに雪代は感動的な再会シーンをぶち壊すことを言い出した。


「ってか、お前。スーツ似合わねぇな。ぎゃははっ!」

「……なんで五年ぶりの再会で、しょっぱなからディスられてんの」


「ディスってねぇよ。本当のことだから言ってやってんじゃん」

「ヘラヘラ笑いがって……」


「つーか、アタシって感謝される側じゃね?」

「ここで感謝する男は絶対にいないからな……」


 俺は拳を握りしめ、怒りが爆発しそうなのを必死にこらえた。

 音水も見かねて「まぁまぁ」と、俺の怒りを抑えようとする。


 すると雪代は、ようやく音水の存在に気づいて訊ねてきた。


「ん? だれ、こいつ?」

「ああ……。俺の後輩の音水だ。ハロウィンコンテストの企画を立案したのはこいつなんだ」

「……んん? あれって笹宮の企画じゃなかったのか?」

「俺はトラブルがあった時にヘルプで入っただけなんだ。だからハロウィンコンテストにはほとんど関わってない」


 すると雪代は興味なさそうに音水を見た。


「ふーん。そ、まあいいや」


 その反応に俺は違和感を覚える。

 五年ぶりの再会ということもあってか、俺の知らない雪代の表情だったからだ。

 

「それよりアタシさ、今日の仕事終わったんだよね。どっか食いに行かない?」


 あの時と変わってないな。

 鋼鉄のマイペースは今も健在のようだ。


 だが、もうあの頃とは違う。

 一人の社会人として、ビシッと言わせてもらうぜ。 


「悪いが雪代。今日は話があって来たんだ。実は……って、おい……」


 しかし雪代は俺の話は聞いておらず、スマホでどこかに電話をしていた。

 そして満面の笑みで指をパチンと鳴らす。


「やりぃ! おい喜べ、笹宮! すぐそこのレストランが空いてるってよ。来いッ!!」

「お前……、本当に俺の話を聞かないよな」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、いつも励みになっています。


次回、雪代とレストランで大変なことに!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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