9月16日(水曜日)ピンチはチャンス?


 水曜日の朝。

 通勤電車に乗っていた俺は元カノのことばかり考えていた。


 雪代ゆきしろ希美のぞみ……、それが元カノの名前だ。


 高校からの知り合いで、大学時代に付き合ったことがある。

 控えめに言って、メチャクチャな奴だ。


 正直なところ会いたくないのだが、そうもいかなかった。


 どうやら元カノは大手広告代理店の部長を務めているらしく、俺のことを知ってハロウィンコンテストを潰すと言っているそうだ。


 ハロウィンコンテストの担当は音水なのだが、九月三日にあったシステム障害の時に俺が動いていたことを知って勘違いしているようだった。


 むにっ、むにっ。


 突然、誰かが俺の腕を揉んだ。

 隣をみると結衣花が立っている。 


「おはよ。お兄さん」

「よお。結衣花」


 彼女は不思議そうな表情で俺を見た。


「どうしたの? ずいぶん考え込んでいたけど」


 いつものように訊ねてくる結衣花。

 むろん、俺はいつものように答える。


「いや、たいしたことじゃないんだ」

「ほうほう。じゃあ雑談する?」

「ああ、頼む。いつもすまない」

「いえいえ、どういたしまして」


 俺って結衣花に相談ごとばかりしてるよな。


 でも今回に限っては、俺一人ではきびしい。

 素直に結衣花の力を借りるとしよう。


「今回はかなり困っている」

「うんうん。話してみて」


 女子高生は安定の上から目線でそういった。


 普段なら生意気だと思うのだが、今日に至っては安心感がある。

 順応とは恐ろしいものだ。


「実は元カノと仕事で対決することになりそうなんだ」

「え、なにそれ。すごく面白そう」

「さっき、困っているって言ったばかりなんだけど」


 まったく、こんな時だけ食いついてきやがって。


 フレーズだけなら確かに『元カノと対決』というとドラマのように聞こえるかもしれないが、実際は気まずさしかないんだぜ。


「元カノさんって、お兄さんが大学の時に九日間だけ付き合った人でしょ?」

「ああ。その後インドに行ってそれっきりだ」

「なんでインド?」

「たぶん行きたくなったんだろ。アイツはそういう奴だ」


 元カノの事を思い出して、俺は大きくため息をついた。


 俺にとっては初めての彼女だったわけだが、散々振り回されたあげく、いきなりいなくなった。


 心配もしたし、探そうともした。


 だが結局わからず、人づてに元気に暮らしているということだけ聞いて安心したのを覚えている。


「とにかく、やることなすことがメチャクチャでな。敵も多い人だった」

「お兄さんってそんな人と付き合ったんだ」

「命令されてな」

「想像を絶するラブロマンスだね」


 すると結衣花はしばらく黙ったまま考え始めた。

 そしておもむろに訊ねてくる。


「もしかしてだけど……言ってもいい?」

「ああ、ドンと来いだぜ」


 彼女は言う。


「お兄さんが鈍感の無自覚系っていうのは知ってるよね?」

「違うけど」

「そうだから」


 なぜか念押しされてしまった。

 本当ははっきりと否定したいのだが、それを言うと結衣花に怒られそうなのでやめておこう。


「それって、元カノさんのことを引きずってるからじゃないの? ほら、無意識に女性と付き合うのが臆病になるっていうアレ」

「全然引きずってないんだが……」

「だから無意識なんだって」


 う~ん。どうなんだろうか。

 俺はもう気にしていないし、元カノが元気ならそれでいいと思ってる。


 もし今回のトラブルさえなければ、ずっと会うつもりはなかったくらいだ。


 だが結衣花は、俺とは違う視点で考えていた。


「これはチャンスかもしれないね」

「というと?」

「元カノさんとケジメをつけて、お兄さんは無自覚系から脱出するんだよ」


 無自覚系の鈍感というのは濡れ衣なのだが、女性の気持ちを理解したいという思いはある。


 そう考えると、結衣花の話に乗ってみるのも悪くはない。


 俺が前向きになったことに気づいたのか、結衣花は軽くほほえんだ。


「ちなみに元カノさんって、どんな人なの?」

「そうだな……。一番印象的なのはドーナッツ店でよく話をしていたことだ」

「わぉ。青春って感じだね」

「まぁな」


 当時のことを思い出し、俺は静かに語った。


「なつかしいぜ……。十時間くらい、気に入らない女の愚痴を聞かされたっけ」

「なかなか強烈だね」


「付き合って一日目で、以前好きだった男の話を八時間聞かされたこともあったな」

「それはエグイ」


「知ってるか? 長時間、人の話を一方的に聞き続けると気を失いそうになるんだぜ」

「もう修行僧のレベルじゃん……」


 改めて思い返すと、よくあの苦行に耐えることができたよな。

 当時の俺を褒めてあげたいよ。


「ところで結衣花」

「なに?」

「青春ってなんだっけ?」

「さすがの私も言葉を失いそうだよ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、いつも励みになっています。


次回、元カノに会うために向かった先はテーマパーク!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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