9月15日(火曜日)訪問者はお見合い相手!
午後三時。
俺はこの時間をダラダラタイムと名付けている。
なにをしていても集中力が出ないし、気を抜くと眠気すら感じてしまう。
とてもじゃないが、コーヒーを飲まないとやってられない。
自分の席について単調な事務作業をしていた時、営業部のドアがいきおいよく開かれた。
「笹宮さん、大変です!」
俺を呼んだのは後輩の音水だ。
午後はずっと外回りだったはずだが……。
彼女は言葉通り、血相を変えて俺のところまで走ってきた。
「どうした、音水。そんなに俺に会いたかったのか?」
「一秒たりとも離れたくありません!」
「……どういう意味だ?」
「今はそれどころじゃないんです!!」
「おぉ……。そうか。……そうだよな」
冗談のつもりだったが、予想外の答え。
だが音水はまったく気にも留めていない。
もしかして音水は俺に気があるのではと思ったが、どうやらさっきの言葉に深い意味はなかったようだ。
あっぶねぇ……。また以前のように勘違いしそうになったぜ。
「来てください!!」
よほどの緊急事態なのか、音水は俺をひっぱるように応接室へ連れて行った。
◆
応接室に入る直前、音水は小声で話しかけてきた。
「実は以前言っていたお見合い相手の人が、笹宮さんに会いたいって訪問して来たんです」
「それってもしかして……」
音水はこくりと頷く。
「はい! 私を略奪しようと乗り込んできたに違いありません! 笹宮さん、どうか私を必死に守ってください!」
「おまえ、なんか楽しんでないか?」
たしか音水のお見合い相手は、大手広告代理店の社員だったはず。
平日のこの時間に来るなんて非常識だと思うが、見合い相手を取られて冷静さを欠いているのかもしれない。
いくらお見合いを断るためとはいえ、彼氏役をするんだ。
一発殴られる覚悟はしておこう。
呼吸を整えた俺は、応接室のドアを開いた。
来客用のソファには、いかにも真面目そうなスーツ姿の男性が座っている。
あれが音水のお見合い相手か……。
メガネを掛けた彼は俺の方を見て、緊張した面持ちで立ち上がった。
そして……、
「この度は誠に申し訳ございませんでした!!」
突然、お見合い相手の男性は九十度の角度でお辞儀をした。
……って、なんで俺は謝罪されているんだ?
「ええ……っと、すみません。状況がわからないのですが……」
「はっ! 申し訳ありません! うわさの笹宮さんにお会いできたので、つい!!」
てっきりケンカをしに来たのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。
だが、この体育会系の後輩みたいなノリはなんなんだ?
「私のうわさ……ってなんでしょうか?」
「はい! 全国七夕キャンペーンを大成功させ、先月はコミケ初参加のザニー社の企業ブースを大盛況に導いたとか!」
「確かにその仕事に参加していましたが、私一人の力ではないので……」
どうも過大評価されているみたいだ。
困ったな……。
だが男性の勢いはまだ止まっていなかった。
「特に音水さんとの出会いのエピソードに感動しました!!」
……ん?
「トラックにはねられそうになった音水さんを体当たりで救い、肩を痛めながらも彼女を優しく抱きしめたとか!!」
……んん?
「さらに情熱的な告白をして、音水さんに何度も断られても立ち直り、そして恋を成就させたと伺っています!!」
俺はジト目で、すぐ隣にいた音水を見た。
彼女はと言うと、ひきつった笑いを浮かべながら、ジリジリとドアの方へ行き……、
「あはは……。えーっと、お茶を汲んできますね! それでは!」
俺に叱られるのを恐れた音水は素早く応接室から出て行った。
お見合い相手に『俺と恋人だ』と言ったことは聞いていたが、いくらなんでも話を盛り過ぎだろ。
さすがにこれはフォローできん。
正直に話そう。
「あのですね。実はそれ、見合い話を断るための作り話なんですよ」
「え?」
「私は普通の会社員で、彼女とは先輩後輩でまだそういった仲ではありません。なので、あやまらないでください」
そう言って、俺は頭を下げた。
もっとクズ男ならこっちも強気に出れるが、こんな真面目そうな人にウソをつくのは申し訳ない。
だが彼は予想外のことを言い出した。
「いえ! 謝るのはこちらの方です。……僕のせいで、ハロウィンコンテストが失敗するかもしれないと思うと……」
「……どういうことですか?」
すると男性は申し訳なさそうな表情で語った。
「実は笹宮さんの活躍を社内で話しているところを、イベント事業部の部長に聞かれたんです」
「部長さん……ですか」
「はい。それで
その部長の名前を聞いて、俺は血の気が引くような感覚に襲われた。
「……雪代? その部長さんは雪代って言うんですか?」
「はい……。年齢はちょうど笹宮さんと同じくらいの女性です」
偶然だろうか。
雪代という苗字は、元カノと同じだ。
まさか、そんなことは……。
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
☆評価・♡応援、いつも励みになっています。
次回、元カノの話を聞きたがる結衣花に笹宮が!?
投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。
よろしくお願いします。(*’ワ’*)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます