8月14日(金曜日)結衣花のコスプレ


 妹の愛菜あいなが結衣花と一緒にやってきた。


 ここまでは、まだいい。

 問題は愛菜が恋をプロデュースすると言い出したことだ。


 前髪をかき上げた俺はあきれ気味に言う。


「なんで俺と結衣花をくっつけようとするんだ」

「だって兄貴のお嫁さんになる人は、私のお姉ちゃんになるってことでしょ? だったら私にも選ぶ権利があるじゃない」

「ねぇよ」


 二十六年生きてきたが、そんなことをいうやつは初めてだぜ。


 あきれ果てて呆然とする俺に、愛菜はアニメキャラのポーズで手をかざした。


「笹宮愛菜が命ずる。めっちゃ告れ」

「おい、勝手に命令するな」


 愛菜のわがままは今に始まったことではないが、今回ばかりはどうしようもない。


 そもそも結衣花が俺と付き合いたいと思うはずがない。

 向こうからすれば俺はオッサンだぞ。

 こんな話を聞かれただけで、いつものエグいトークが炸裂しそうだ。


 ……ギィ。


 ドアが開く音が聞こえたので振り向くと、隙間から結衣花が顔をのぞかせていた。


「ねぇ。着替えたけど……どうすればいい?」

「わぁ! 見せて、見せて!」


 愛菜に急かされた結衣花は、おそるおそるコスプレした姿を現した。


 それはアニメで大人気だった魔法少女のコスプレだ。


 短いスカートに胸を強調するコルセット。

 さすがに髪型はそのままだが、代わりにキャラと同じベレー帽を被っている。

 結衣花にぴったりのコスチュームと言えるだろう。


 やっぱり生でみるとリアリティが全く違う。

 コスプレを楽しみにしている人が多いのもうなずけるぜ。


「へぇ、かわいいじゃないか。似合ってるぜ、結衣花」


 素直に思ったことを言うと、結衣花は手で唇を隠した。


「すごい。はじめてお兄さんが気の利いた言葉を使えた……。驚きを禁じ得ないよ」

「なんでちゃんと褒めたのにバカにされないといけないんだ」


 妹の愛菜はというと、まるで泣いているようなしぐさをしている。


「うぅ~、兄貴ぃ~。いつのまに成長したんだよぉ~。私はめっちゃ嬉しいよぉ~」

「泣くほどのことでもないと思うのだが?」


 結衣花がおちょくってくるのはいつもの事だが、まさか愛菜まで同じような反応をするとは……。

 事前にネタ合わせをしていたんじゃないか?


 結衣花に近づいた愛菜はおねだりポーズで両手を合わせた。


「ねぇ、結衣花さん。兄貴とツーショットで撮影させてよ。おねがぁ~い」

「うん、いいよ。どうせなら愛菜ちゃんもコスプレして、三人で撮影しようよ」

「いいの!? やった! じゃあ、すぐに着替えてくるね!」


 一緒に撮影をしようと言われたことがよほど嬉しかったのか、愛菜はすぐに荷物をまとめて隣の部屋に入っていった。


 ちょうどいい。

 この隙に結衣花と話をしておこう。


「なあ、結衣花。俺と一緒に撮影なんて迷惑じゃないか?」

「大丈夫だよ。私、河童とか写真に写っていても気にしないタイプだから」

「あれ? おれって妖怪扱いされてる?」

「どっちかっていうと珍獣かな」


 軽めのジョークを言った結衣花は、ちょいちょい……と手招きの合図で俺を近づけた。


 そして俺の耳元に唇を近づけ、小声で話し始める。


「愛菜ちゃんって、私とお兄さんをくっつけようとしてるんでしょ?」

「……聞こえてたのか」

「あれだけ大きな声だったら、ドア一枚くらいじゃ防音はできないよ」


 バレていたんならしかたがない。

 そもそも、結衣花の前では愛菜のプロデュース力は通用しないだろう。


 俺は観念して頭を下げる。   


「すまんな。あいつ……興味があるとすぐに暴走してしまうんだ」


 だが結衣花は首を横に振る。


「今はさ、愛菜ちゃんに合わせてあげようよ。きっとその方が喜ぶと思うよ」


 それは意外なことだった。

 いくら仲がいいとはいえ、結衣花がそこまで愛菜のことを考える理由が分からなかったからだ。


「結衣花って、なんで愛菜のことをそんなにかまうんだ?」

「んー。気が合うっていうのが一番だけど、頑張ってる人がいたら応援したくなるでしょ?」


 そうか。

 結衣花は愛菜のことを年下としてではなく、ちゃんとした一人前として認めていたんだ。

 だから愛菜も結衣花になついていたというわけか。


 その時、バーンと隣の部屋のドアが開いた。


「じゃーん! 見てーっ! 兄貴が持ってたゴスロリメイド服! キツネ耳としっぽもあったよーっ!!」


 元気いっぱいに叫んだ愛菜は、コミケで俺が用意したメイド服を着ていた。


 一番小さいサイズは使っていなかったので、返却までクローゼットの中で保管していたのだ。


 それを見た結衣花は、いつものフラットテンションでつぶやく。


「あの衣装ってお兄さんの私物だったんだ」


 ……んん? なんか、誤解されてないか?


「……いや、……違うぞ。アレは仕事の備品で……」

「うんうん、そうだね。大丈夫。ちゃんとわかってるから」

「頼むから声に感情を入れてくれ」



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、三人で回転寿司を食べにいくことに!


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*’ワ’*)

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