8月8日(土曜日)音水の大勝利!?


 コミケ二日目。

 楓坂と音水のコスプレ効果のおかげで、ザニー社のブースに来場者を集めることができた。


 こうして午後二時になり、俺達三人は他のメンバーと交代して休憩に入る。


 すると楓坂はフラフラと外に向かって歩き出した。


「おい、楓坂。どこに行くんだ?」

「結衣花さんにコスプレ姿を見られるなんて……。……ふ……ふふ……。……少し頭を冷やしてきます。」


 午前中、ザニー社のブースに結衣花が訪れるというハプニングがあり、楓坂はコスプレ姿をばっちりとみられてしまったのだ。


 ただでさえ仕事中の姿を結衣花に見せたくないと思っていた楓坂は、二重のショックを受けていた。


 そこまで気にしなくていいと思うが、結衣花の前ではお嬢様であろうと背伸びしているからなぁ……。


 一人で外に向かう楓坂を見て、音水はつぶやく。


「結衣花さんって誰ですか?」

「あぁ……。えっと、楓坂の友達だ」

「あー、なるほど。イベントスタッフをしていると、知り合いに見つかった時のダメージが大きいですもんね」


 ちなみに音水が戻ってきた時、すでに結衣花は友達の元へ戻っていたため二人は会っていない。


 結衣花が音水のことを知ったらどうなるだろうか。

 間違いなく、毎日のからかいがひどくなるだろう。

 ぞっとするぜ……。


「あれ?」


 なにかに気づいた音水は声を上げ、俺の右手を指さした。


「笹宮さん。手が赤く腫れてますよ?」

「ん? ああ……、本当だ」


 今日の午前中、ナンパ主任の張星がブースで暴れた時、俺は落ちそうになった看板を支えるということがあった。


 たぶん、看板を支えた時にぶつけていたのだろう。

 全然気づかなかったぜ。


「見せてください。あ! すりむいてるじゃないですか!」

「この程度なら気にする必要ないだろ」

「ダメですよ。ちゃんと手当てをしないと!」


 音水は腫れた部分をチェックし、ポケットから絆創膏を取り出して貼った。


 それにしてもこれって最高のシチュエーションだよな。


 キツネ耳のゴスロリメイドの後輩が、俺の手に触れて手当てをしてくれているんだぜ。

 全世界の男達が渇望してやまない状況じゃないか。


「ありがとう。もう大丈夫だ」

「……はい」


 しかし、音水は俺の手を離そうとしなかった。

 それどころか、俺の指をつまんでクニクニと動かして遊び始める。

 極めつけは上目遣いで不思議な視線を送ってきた。


 ぶっちゃけ、かなり可愛らしいしぐさだ。

 普通の男なら即オチ確定だな。


「笹宮さん……。笹宮さんは私と楓坂さんならどっちを選んでくれますか?」


 ずいぶんと意味深なことを訊ねてくる……。

 これが恋愛だったら、どっちが好きなのかという話になるのだろう。


 しかし、比較対象が楓坂ということはそうではないということだ。


 楓坂が俺のことを好きになる可能性は絶対にないということは、音水だってわかっているはず。


 だとすれば……、仕事のパートナーとしてということか。


「そうだな。基本的に俺は来るもの拒まずなんだが」

「え!? まさかのヤリ……」

「ん? 槍がどうした?」

「いえ、別に……。失言しかけました」

「……そうか」


 この真剣な表情……。

 もしかして仕事に自信をなくしていて、『どっちを選ぶのか』と訊ねているのだろうか?


 無理もない。

 音水はまだ入社して半年も経っていない。


 焦る気持ちはわかるが、そんな必要はないと伝えよう。


「いちおう言っておくが、俺から見れば音水はまだ発展途上だ。気にすることはない」

「それってもしかして! 笹宮さんは熟女ず……」

「ん? じゅくじょず……ってなんだ?」

「いえ、別に……。失言しかけました」

「……そうか」


 さっきから音水の反応がおかしいような……。

 俺の気のせいか?


「でも楓坂さんより二歳年上の私の方が有利ってことですよね! なんだか、やる気がみなぎってきました!」

「よくわからんが、元気になってくれて何よりだ」

「はい!」


 確かに楓坂はまだ大学生だから、音水の方が有利と言われればそうだろう。


 正直なところ、どうして急に元気を取り戻したのかはわからないが、かわいいから良しとするか。


 きっと彼女はこれからも多くの壁にぶち当たるだろう。

 その時、俺が支えてあげればいい。


「なあ、音水」

「はい、なんでしょうか?」

「もし落ち込むことがあったら言ってくれ。なんなら電話でも構わないぜ」


 すると音水は、グンッと接近した。


「それって、寝る前に耳元でささやいてくれるユーチューブで人気のアレですか!?」

「……? あ……ああ。夜でもいつでも構わないぜ」

「ふぉわぁぁっ! 笹宮さんがそこまでサービスしてくれるなんて!! 私、大勝利じゃないですか!」

「いや……、別にサービスというわけではないんだが……」


 電話で相談に乗るだけなのに、なんでユーチューブの話が出てきたんだ?



■――あとがき――■

☆評価・♡応援、いつもありがとうございます!


次回、コミケの打ち上げでちょっといい感じ?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。

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