8月9日(日曜日)コミケ後の打ち上げ


 三日間に渡って開催されたコミケが無事に終了し、俺達は近くの居酒屋で打ち上げをすることになった。


 座敷の個室に集まった俺達は、それぞれの飲み物が入ったグラスを手に取る。


「みんな、お疲れ様。乾杯!」

「「「かんぱ~い!」」」


 初めてのコミケ参加を成し遂げたメンバー達は、緊張から解放されてテンションが高くなっていた。


 企業ブースとはいえ参加するのは人間だ。

 初めてのことであれば緊張も不安もある。


 にもかかわらず、今回の集客状況は上々といえる結果を収めることができたのだ。


 酒の入ったザニー社の男性社員が興奮した様子で話しかけてくる。


「今回のコミケを乗り切れたのは笹宮さんのおかげですよ! ほんっとぉ~に、ありがとうございます!」

「みんなの頑張りの成果だ。俺はそこまでのことはしていないさ」


 男性社員はグラスをテーブルに置き、前のめりになる。


「なに言ってるんですか! 僕達はみんな、笹宮さんのことを恩人だと思ってるんですよ! もし張星主任があのままリーダーをしていたら、今頃失敗の責任を押し付けられていたんですから」


 あぁ、あのナンパ主任の張星か。

 土曜日にブースで暴れたあと運営に連れていかれたんだったな。


 元々仕事を平気でサボるような人だったみたいだし、これに懲りて真面目になってくれればいいのだが……。


 男性社員は酔いの回った顔をしながらも、真剣な目をして俺に言ってくる。


「笹宮さん。ガチの話でザニー社に来てくださいよ」

「ザニー社みたいな大企業に俺が入れるわけないだろ。からかわないでくれ」

「そんなことないっすよ。専務の旺飼さんだって、笹宮さんのことを気にしているみたいだし」


 男性のその言葉を聞いた他の若手社員がうんうんと頷く。

 

 まぁ、確かに……。

 ザニー社の専務であり、楓坂の叔父になる旺飼おうがいさんは俺のことを買ってくれている。


 今回のコミケチームの補佐だって、本来はありえない話なのだ。

 無事に終わって一番ほっとしているのは俺なのかもしれない。


 すると隣に座っていた音水がビールの入ったグラスを持って立ち上がった。


「そうなんでしゅ! 笹宮さんはすごいんでしゅ! どんな仕事もイチコロなんでしゅ!!」

「「「おぉー!!」」」

「でもザニー社に笹宮さんは渡しましぇん!」

「「「えぇ~!」」」


 ……音水のやつ、また悪酔いしてやがる。


 しかもグラスのビール、全然減ってないじゃないか。

 一口か二口だけで赤ちゃん言葉になるとか、どんだけ酒に弱いんだよ。


 上機嫌の音水は言いたいことを言い終えると、俺の腕に掴まってきた。


「えへへっ」


 他社の人が見ている前なので本来なら引きはがすのだが、ここは酒の席だ。

 無事に仕事を終えたのだから今は好きにさせてやろう。


   ◆


 居酒屋での打ち上げも時間が経ち、メンバー達は仕事抜きの雑談を楽しんでいる。


 音水はというと、俺の右腕に掴まったまま寝ていた。


「すー。すー」


 やれやれ。酒が入ると本当に赤ちゃんのようになってしまうんだな。


 ……クイッ。


 誰かが俺のシャツの端を引っ張っている。

 なんだろうと思って見てみると、それは左側の席に座っていた楓坂だった。


 酒を飲んで少し顔が赤くなっているが、そこまで酔っているというわけではないようだが……。


「どうした、楓坂」

「……別に」

「そうか」


 だが楓坂は俺のシャツを離そうとはしなかった。

 もしかして、ずっとつまんでいたのか?

 

 今回のコミケで一番頑張っていたのは楓坂だろう。

 普段は悪役みたいなことを平気でするようなキャラだが、仕事が絡むと真面目になる。


 結衣花がどうして楓坂になついているのかわからなかったが、こういった理由があるからだろう。


「笹宮さん」


 楓坂は聞こえるかどうかという小声で静かに話しかけてきた。


「なんだ?」

「今回は本当に助かりました。ありがとうございます」

「急になんだよ」

「あなたに感謝なんてお酒の席じゃないと言えないでしょ? うふふ」


 普通に言えることだと思うが……。


 すると彼女は、またシャツを引っ張る。

 それは呼ぶためではなく、まるでこっちに寄って欲しいというような引っ張り方だった。


「ねぇ……。次の休みはいつ?」

「休み? あー、連休前で代休が取れないから、十三日からのお盆休みかな。それがどうした?」

「か……、か……。買い物に付き合って欲しくて……」


 下を向いた楓坂は消え入りそうな声でつぶやいた。


 コミケチームの補佐についてから楓坂とよく話すようになったが、それでもこんな頼みをしてきたのは初めてだ。


 買い物ねぇ……。あ、そうか。


「もしかして結衣花と一緒に買い物に行くから、荷物持ちをして欲しいってことか? 車が必要なら運転手くらいしてやってもいいぜ」


 すると彼女は少し不満気な口調で言う。


「あなたって本当に笹宮さんよね」

「なんだよ、その言い方」

「私は、あなたと二人きりで……。……。買い物がしたいのよ。……ばか」


 え? なんで俺、バカ認定されちゃってんの?



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、バカと言われた意味が分からない笹宮に、女子高生がアドバイス。


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*'ワ'*)

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