8月8日(土曜日)笹宮の本領発揮


 二日目のコミケが始まった。

 今日の前半は俺と楓坂、そして音水の三人でブースを担当する。


 ザニー社のユニフォームを着た音水は、通り過ぎていく来場者を見ながらつぶやく。


「やっぱり、午前中は人が少ないですね」


 いちおうテコ入れの準備はしてきたが、スタッフの都合を無視して動くと混乱を招く。

 ここで焦ってテコ入れをする必要はないだろう。


 その時、ふぬけた調子の男が話しかけてきた。


「はぁ~ん……。しけたブースだねぇ」

張星はりぼしさん……」


 現れたのは数日前、楓坂をナンパしようとしたチャラい主任の張星だった。

 たしか素行が問題になり、コミケチームから外されたはずだが……。


「どうしてここに?」


 ズカズカと近づいてきた張星は、俺に詰め寄った。


「どうして……だって!? はっ! お前のせいで、僕のキャリアが傷ついたじゃないか! コミケなんて遊びなのにさ!!」

「今は来場者様が見ています。落ち着いてください」

「うるせぇッ!」


 俺を乱暴に突き飛ばした張星は、怒りをぶつけるようにブースの壁を蹴った。

 その時、大きな看板を支えていた止め具がバキンッと音を立てる。


「ヤバい!」


 イベントブースは安全を考慮して建てられているとはいえ、決して頑丈なものではない。

 思いっきり蹴れば壊れるし、場合によっては倒れる時もある。


 俺は弾かれたように駆け寄り、看板が落ちるのを防いだ。


「グッ!!」


 壊れた止め具は、看板と柱を繋ぐ役割もあった。

 そのため俺は片手で大きな看板を持ちながら、不安定になった柱も支える格好となってしまった。


 もしここで支えきれないと、ブースそのものが倒れてしまう。

 そうなればザニー社のイメージダウンはおろか、最悪ケガ人まで出てしまうだろう。


「音水、おやっさんを呼んできてくれ! 楓坂は来場者に危険がないように人払いを!!」

「はい!」

「わかりました!」

 

 くっそぉ……。

 ギリギリ支えているが、一人だとキツイ。


 すると近くにいた張星がオロオロした様子の声を上げた。

 

「ぼ……僕は……悪くないからな! こんなブースを建てたお前らが悪いんだ!」

「ほざいてる暇があるなら、お前も支えろ!」

「ひッ! わ……わかりました!」


 俺に一喝された張星は、ご立派なスーツが汚れるのを忘れて看板を支えた。

 一人だと厳しかったが二人で支えれば何とかなる。


 ほどなくして、施工業者のおやっさんがやってきた。


「おうッ! 待たせたな、笹宮! ちっ! 仕事を増やしやがって!!」

「おやっさん、すみません」

「事情は聞いた! もうちっと辛抱しろ!」


 そこからは早かった。

 おやっさんは壊れた部品を素早く交換し、さらに補強処理を施す。

 わずか数分でブースは元の状態に戻った。


「よし、もう大丈夫だ。ったく! どんだけ強く蹴ったんだ! かっ! けっ!」

「おやっさん、ありがとうございます」


 とにかくブースが倒れなくてよかった。


 問題の元凶である張星はというと、コソコソとその場から逃げようとしていた。

 とっつかまえてやろうかとした時、別の人間が張星の肩を掴む。


「ちょっと、そこの君」

「ひぃ!」

「我々は運営の者だ。ちょっと事務所に来てもらおうか」

「ち……違う! 僕じゃない! 僕は……、僕は……!」


 一歩間違えればケガ人が出ていたんだ。

 謝ったくらいで済む話じゃない。


 さすがの張星もこれで反省するだろう。


   ◆


 張星が起こした騒動は収まったが、まだ問題が残っていた……。


「さっきの騒ぎでよけいに来場者が来なくなってしまった。すぐに対策をしないと……」

「どうするんですか?」


 不安気に訊ねてくる音水に俺は落ち着いて答える。


「音水、楓坂。コスプレをしてくれ」

「「え!?」」


 あっけにとられた二人は声をハモらせた。


「一昨日、音水がコスプレで呼び込みをすればって言っていただろ? それで万が一のために、運営に相談して許可を貰っておいたんだ」

「あのぉ~、衣装はどうするんですか?」

「用意しておいた」


 そう言って、俺はブースの奥にある収納ボックスからコスプレ用のメイド服を取り出す。


「どうだ、かわいいだろ。昨日コミケが終わった後、知り合いの業者に頼んで借りてきたんだ」

「行動が迅速過ぎません!? しかもゴスロリメイド服!?」


「キツネ耳、キツネしっぽもあるぞ」

「まさかのオプションセット!!」


「サイズも三種類用意してある」

「至れり尽くせり!!」


 ちなみにゴスロリメイドのキツネ耳は、ザニー社の昔のキャラだ。

 これで来場者の注目を集めることができるだろう。


 すると、楓坂が驚いた表情でつぶやいた。


「笹宮さんがトラブルに強いとは聞いていましたが、本当だったんですね」

「楓坂が頑張っている仕事だからな。落とすわけにいかないだろ」

「な……っ! そんなふうに言われても、デレませんからね」


 ぷいっとそっぽを向いた楓坂はメイド服を持って控室へ向かってしまった。


 あいつ……、なんで怒ってんだ?



■――あとがき――■

☆評価・♡応援、いつもありがとうございます!


次回、ゴスロリメイドになった音水と楓坂。

そこへ結衣花が!?∑(゚ω゚ノ)ノ


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。

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