8月7日(金曜日)コミケの控室


 コミケ一日目の午後二時。


 俺は休憩時間を使って、施工業者へ差し入れを持っていくことにした。

 同じく休憩時間に入った楓坂と、午後から合流した音水も一緒だ。


 コミケに限らずだが、こういったイベントでは施工業者がトラブルに備えて待機している。


 控室のドアを開くと何人かの施工業者がいた。


 部屋を見渡すと、端の方にずんぐりむっくりのおやっさんがリュックを枕にして、床に寝転がっている。


「おやっさん、失礼します」

「なんだ、笹宮か。ったく! チッ!」

「また床で寝ていたんですか」

「へっ! 冷たくてちょうどいいんだよ」


 相変わらず、舌打ちにバリエーションが多い人だ。


 とはいえ、施工業者の人達はずっと働きっぱなしだ。

 イベントによっては夜通し仕事をする場合もある。

 とてもじゃないが、仮眠をとりながらじゃないと体がもたないだろう。


「これ、差し入れです。暇つぶしに漫画も持ってきましたよ」

「気が利くじゃねえか」


 体を起こしたおやっさんは差し入れのコーラを受け取ると、プシュッと栓を開いてゴクゴク飲む。


 差し入れは飲み物以外にも、お菓子も用意しておいた。

 別に俺が用意する必要はないのだが、こういうのは気持ちの問題だ。

 

 ついでに俺達も一緒に休憩することにしよう。


 漫画のページをめくっていたおやっさんは、ふいに俺の方を見た。


「普通の漫画もいいけどよ。せっかくなら同人誌買ってきてくれよ。エロいやつをな」

「俺、仕事中ですよ……」

「ぎゃっはっはっ!! 冗談だよ、冗談ッ!! 真に受けんな!」


 ゲラゲラと笑い飛ばしたおやっさんは、もう一度コーラをグビグビと飲む。

 酒が入っていないのに、まるで酔っ払いのようだ。


 と言っても、おやっさんがこんなふうに笑うのは機嫌がいい証拠だった。


「へっ! まぁいいさ。この仕事をしていると、ちったぁ~おいしい思いもできるからな」

「というと?」 

「そうだな……。車の展示会で土台の調整をしている時、レースクイーンを下から見ることができる……とか?」

「なにやってるんですか……」

「バーローッ! わざとじゃねぇぞ。たまたま見えたんだ。ぎゃっはっは!」

「すごく怪しいんですけど……」


 俺は呆れた表情をしてみせたが、おやっさんは全く気にしていない。

 むしろ俺の反応をみて楽しんでいる節さえある。


 根はいい人なんだけど、ノリが昭和なんだよなぁ。


 だが、そんなおやっさんの話を興味津々で聞く人物がいた。


「わわっ! その話、おもしろそうですね!」

「おっ! 音水ちゃん、わかってるじゃねぇか。気に入ったぜ!」


 まさか音水とおやっさんの気が合うとは……。


 音水のいい所はどんな相手の懐でも入っていけるところだろう。

 おやっさんの常時ケンカ腰の態度は、ベテランの営業でも怖がるのにたいしたものだ。


 機嫌がよくなったおやっさんは音水の方に向かって座り直した。


「じゃあ、とっておきの話をしてやるよ」

「はい!」

「実はエログッズの展示会ってのもあるんだが、これがまたすっげぇんだ!」

「マジですか!! 詳しく聞かせてください!!」


 こらこらこら!!

 この親父は何を話し始めるんだ!!

 音水も楽しそうに聞こうとしてるんじゃない!


 俺は慌てて、音水を引き寄せる。


「こら、音水。なんちゅう話題に食いついてるんだ」

「えー。だって面白そうじゃないですか」

「ダメだ。元教育係としてそういう話は禁止する」

「んむっ!」

「わざとらしくふくれっ面を作ってもダメだからな」


 まさか音水がこんな話題に興味をそそられるとは……。

 というより、好奇心が人一倍強いんだろうな。


 あ……。もう一人、こういうのが好きな奴がいた。


 楓坂だ。


 アイツ堂々とエロ同人誌を読んでいると言い放つような腐女子だからな。

 今頃、目を輝かせているに違いない。


 って、あれ? アイツ、どこに行ったんだ?


 見渡してみると、少し離れたところで顔をバインダーで隠している者がいた。


 もしかしてアレは……楓坂か?

 めちゃくちゃ不審者だぞ。


「……楓坂?」


 俺が話しかけると、楓坂はバインダーから覗くようにしてこちらを見た。

 顔を真っ赤にしていることから察するに、おそらくおやっさんの話が恥ずかしかったのだろう。


「な……、なにかしら……」

「もしかしてエロネタが苦手なのか?」


 すると楓坂はビクリと体を震わせた後、強気の態度を演じるために長い髪を手で払った。


「そ! ……そんなわけないでしょ。ふんっ! エロなんて……ぅ。……大丈夫……だもん」

「無理すんな」


 こいつ……自分で話す時は平気だけど、他人がエロネタを話すと恥ずかしくてしゃべれなくなるタイプだったんだ。


 これはこれで、驚きの新発見だ。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても嬉しいです。


次回、コミケで大ピンチ!? 笹宮が大活躍します!!


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。O(*’▽’*)/☆゚‘

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