8月7日(金曜日)休憩中に結衣花とばったり?


 休憩時間に入った俺は控室でユニフォームを脱ぎ、半袖のワイシャツ姿で外へ向かった。


 こうして歩いてみるとわかるが人の多さが圧倒的だ。

 他のイベントと比べても、コミケの人の数はハンパじゃない。


 外に出た俺は建物の陰に立ち、空を眺めならペットボトルの水を一口飲んだ。


「ふぅ……。生き返る……」


 企業ブースの中は閉塞感があるから、無性に空を見たくなる。


 ぶっちゃけ、外の様子が分からないからイベントに参加しているという実感が湧いてこないんだよな。


 ま、プロの俺がこんなことを言ったら怒られるんだろうけど……。


「やっぱ外はいいなぁ」


 のんびりとひとりごとを言った時、隣に立った女性が答えるように言う。


「そうだね。コミケでぼ~っと景色を眺めるのって風情があるよね」

「ああ。まったくもって同意だ」


 続けて俺は、ささやかな疑問を隣にいる女性に訊ねた。


「で、なんで結衣花がここにいるんだよ」

「むしろ、お兄さんがここにいる事の方が疑問なんだけど」


 そう……。俺の隣に立っていたのは、フラットテンションの生意気な女子高生、結衣花その人だった。


 かわいらしいフワリとした服装で、背には小ぶりのデイバックを背負っている。


 今日はかなり暑いが、結衣花は涼しい顔をしてた。


「結衣花もコミケに来ていたのか。そう言えば友達と遊びに行くとか言っていたもんな」

「うん。もうすぐ友達も来るはずなんだけど……」


 結衣花の友達って、どんな子だろうな。

 やっぱり、生意気なのかなぁ……。


「お兄さんはもしかして……」

「ああ、企業ブースの仕事だ」

「え? 仕事をさぼって、えっちな同人誌を買いに来たんじゃないの?」

「誤解を招く発言はやめてくれ」


 結衣花って表情の変化が少ないから、どこから冗談なのかわからないんだよ。

 冗談……だよな?

 

「ふぅん。企業ブースか。お兄さんが働いているところを見に行こうかな」

「知り合いに会うと恥ずかしいから勘弁してくれよ」

「そこがいいんじゃない」

「あのなぁ……」


 恥ずかしいと言っているのに、それを喜ぶなんてとんでもない女子高生だ。


 普通に立っているだけなら別に構わないんだが、真剣になっているところを見られるのが嫌なんだ。


 しかし……ちょっと意外だな。

 結衣花ってこういう騒がしいところは敬遠するタイプと思っていたが……。


「結衣花がコミケに興味があったなんて思わなかったぜ」

「本当はサークル参加して同人グッズを販売してみたいんだけど……、ちょっと勇気がなくて……」

「勇気? コミケなのにか?」

「ん~。なんていうかさ。……自分の作品を売るのって怖いじゃん」


 怖い……か。


 コミケの同人グッズって、みんな楽しんで売っているイメージがあったけど、そんなふうに考える場合もあるんだな。


 結衣花はいつもどおりの表情だが、心なしか寂しそうにも見える。


 こういう時、なんて言うのが正解なんだろうな。

 『元気を出せ!』というのもちょっと違うし、『頑張れ!』というのもおかしい。


 わかんねぇな。

 わからないけど、俺は結衣花のことを応援してあげたい。


 前髪をいじりながら、俺は彼女を勇気づけようと言葉を選んだ。 


「まー。……アレだ。もし結衣花が販売をしたら、一番に買ってやるよ」

「えー。やだ」

「照れるなよ」

「恥ずかしいからいい」

「ふっ……。そこがいいんだろ」


 すると彼女は俺の腕をぎゅ~っと掴み、『怒っているんだよ』と言いたげな表情を作ってみせた。  


「調子に乗り過ぎだよ。お兄さん」

「……すまない。乗るタイミングを誤ったようだ」


 やはり俺は結衣花には勝てないらしい。


 まぁ、今に限ってはそれでいいだろう。

 うまく勇気づけられたとは思わないが、結衣花がいつもの調子を取り戻してくれたことが最良だ。


 ピロリン♪ ピロリン♪


 着信音に気づいた結衣花はスマホを取り出して、LINEをチェックする。


「あ、友達からだ」

「待ち合わせしていた子か。やっぱり聖女学院の生徒なのか?」

「ううん。話の合うオタク友達のグループ。中学生の子もいるんだよね」

「へぇ。結衣花って、交友関係が広いんだな」

「まあね」


 結衣花の口からオタク友達という単語が出てくるのは新鮮だ。

 今までは生意気な美少女という印象が強かったが、急に女の子らしく見えてしまう。


 スマホをカバンに戻した結衣花は、何かを思い出したようにこちらを見た。


「それとさっきの話だけど」

「……さっき?」

「私がグッズを販売したらって話。もしその時はプレミア価格で買ってね」

「発売未定なのにプレミアは決定なのか……」

「一番に買ってくれるって約束したじゃない。当然だよ」


 ふふっと笑った結衣花はくるりと一回転した。


「じゃあ、行くね」

「おう」

「いつもありがとう。お兄さん」

「え?」


 なぜか感謝の言葉を口にした結衣花は、そのまま友達の元へ歩いて行った。


 でも、いったい何に対して感謝されたんだ?

 もしかして、勇気づけようとしたことがバレたのだろうか。


 んー。わからん。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。


次回、展示会の〇〇〇な話を聞いた音水と楓坂が!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。O(*’▽’*)/☆゚‘

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