8月7日(金曜日)コミケ一日目のラブコメハプニング


 ついにコミケが始まった。


 メインはやはり同人誌即売会だろう。

 本だけでなくオリジナルグッズも販売しているのだから、来場者にとっては宝の山だ。


 そして人気キャラクターを扱う企業ブースも盛況だ。


 一方、俺達がいるザニー社のブースに立ち寄る来場者はいない。

 チラリとこちらを見る人はいるが、すぐに人気のブースへ行ってしまう。


 ザニー社のユニフォームを着た楓坂は、この状況に耐えかねて話かけてきた。


「ねぇ、笹宮さん」

「なんだ?」

「このブースの周辺だけ暗くありません?」

「そう言いたくなる気持ちはわかる」


 場所が悪いというのもあるが、人が来てくれないとブースというのは暗いように感じる。

 これが企業ブースの闇だ。


 よくネットやニュースでは華やかなところしか紹介していないが、今の俺たちのように来場者たちから素通りされてしまうことはよくある。


 ここで心が折れてしまうと次のイベントに参加する気力を根こそぎ持ってかれてしまうため、ある意味で展示会は精神力の戦いだった。


 遠い目をした楓坂はポツリとつぶやく。


「向こうのブース、すごく綺麗ね」

「そうだな」

「とてもとても、ねたましいわ。あぁ……ねたましい」

「俺もちょっとはそう思ってるが口には出すな。ガチで闇堕ちするぞ」


 問題は場所だけじゃない。


 ザニー社のブースデザインはコミケ向けじゃないし、客を引き寄せるキャラクターもいなかった。

 ユニフォームもロゴ入りシャツにミニスカというシンプルなもので、派手さはない。


 初参加で加減がわからなかったのが痛いな。


「今は人気のあるブースに集中しているが、まだチャンスはある。来場者の流れが変わるまでのんびり待とう」

「ふぅん。ずいぶん落ち着いてるじゃない」


 感心する楓坂に、俺は「ふっ……」と軽く笑ってみせる。


「俺は真夏にクマの着ぐるみを着て、誰もいない場所でずっと手を振り続けていたこともあるんだぜ……。それ比べればこの程度……。ふっ……ふふ……」

「笹宮さん……。闇堕ちしかかっていますよ……」


   ◆


 午後になると人気ブースを見終わった来場者たちが、ちらほらと立ち寄ってくれるようになった。


 楓坂は予定していた通り、イラストを動かす作業工程を来場者たちに見せている。


 よくブイチューバーやゲームで使われている有名な技術だが、実際にイラストが動き出す瞬間というのはちょっとした感動があった。


「よかったわ。このまま誰も来ないかと思いました。うふふ」


 メチャクチャ嬉しそうだ。

 あのまま人がこないのではと不安だったのだろう。


 ここから巻き返すことができれば……と思った時、予想外のハプニングが起きた。


 ……ビリッ。


 ん? なんだ、今の布が破れたような音は……。


 ブースに取り付けてあったタペストリーが破れたのかと思ったが、見たところ損傷はない。

 代わりに楓坂が顔を赤く染めて、ぎこちない笑みを浮かべていた。


 まさか……。


「あの……。さ……笹宮さん。……ちょっと助けて頂けませんか?」

「……なんとなくわかるが、なにがあった」

「ユニフォームの後ろがやぶれたかも……」


 彼女の後ろに回ってみると、ユニフォームの中央が縦に裂けている。

 

 あー。これな。

 イベントのユニフォームは使い回すのだが、気づかないところで繊維が弱くなっている時がある。


 特に楓坂は胸が大きいから、規定サイズでは小さかったのだろう。


「控室にいって着替えてこい」

「嫌です」

「……なんで?」

「だって、やっとお客さんが来てくれたんですよ。ここを離れたくありません」

「気持ちはわかるが……」


 その時、『ビリリッ』と再び布が破れる音がした。

 こちらを向いた拍子に、裂け方がひどくなったのだろう。


「んんんんんん~っ!!」


 楓坂はいつもの涙目になってギクシャクし始めた。

 それでも手を止めないのは楓坂の執念だろう。


「お願いします。私は作業を続けないといけないので、こっそりユニフォームを直してください!」

「この状態のままでか?」

「それしかないじゃないですか!」


 来場者の方から楓坂の背中は見えない。

 これ以上破れて大変なことになる前に、さっさと応急処置を済ませよう。


 俺は事前に用意していたソーイングセットを取り出した。

 本当はタペストリーが破れた時に用意しておいたものなんだけど……。


「んっ……。笹宮さん……。背中がくすぐったいんですけ……ど……んんっ!」

「我慢しろ。これでも精一杯なんだ。あと喘ぎ声を出すな」

「喘ぎ声なんて出して……んんんっ!」


 なんとかユニフォームの応急処置を終え、その場をなんとかしのぐことができた。

 ふぅ……。一時はどうなるかと思ったぜ。


 他のスタッフと交代して休憩時間に入った時、楓坂はおもむろに訊ねてきた。


「笹宮さん……。ちょっとお訊ねしていいですか?」

「なんだ?」

「……ユニフォームの後ろが破れた時、……その。……ブラの後ろとか見えました?」

「……いや、全然」

「本当ですね?」

「もちろんだ」


 本当は、ちょっと見えていた。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。

☆評価・♡応援、とても励みになっています。


次回、コミケで結衣花とばったり!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*'ワ'*)

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