8月5日(水曜日)俺と後輩の会話が食い違ってる件について
昼休み。
会社近くのファミレスでランチをしながら、俺は笑いに関する情報をチェックしていた。
目的はもちろん、話をしてくれなくなった楓坂を笑わせて仲直りするためだ。
スマホに表示されるサイトにはこう書かれている。
『笑いとは心を激しく震わせ、求めるものを与えることなり』
とても説得力のあるフレーズだが、具体性がないのでイマイチ意味がわからない。
やはり俺には荷が重いのか……。
「笹宮さん」
ふいに可愛い声が聞こえたので顔を上げると、そこには後輩の音水がいた。
トレイにはコーヒーとベーグルサンドが乗っている。
「笹宮さんもランチですか?」
「ああ。よかったら一緒に食うか?」
「はいっ!」
出勤日に音水と一緒にランチをするのはひさしぶりだ。
俺達の仕事は外出が多くなるため、別チームになってしまうと会う機会が極端に少なくなる。
しかたがないことだが、さびしくもある。
おっと。あの事を言っておかないと……。
「紺野さんから聞いているかもしれないが、明日から音水もザニー社のコミケチームに入ってもらう。頼むぜ」
「はい! また笹宮さんと一緒に仕事ができてうれしいです!」
ザニー社のナンパ主任・張星がチームから抜けたため、メンバーの補充が必要になった。
そこでヘルプとして音水に入ってもらうことになったのだ。
だが急に音水の表情が暗くなった。
「あのぉ……」
「どうした。そんな不安そうな顔で」
「楓坂さんと……、どんな感じなのかなぁ~と思って……」
「そうだな。正直に言うと、今一番気になっているのが楓坂のことだ」
「えっ!?」
驚いた音水はガタッと席を立った。
「……どうした?」
「い……、いえ……。なんでもありません。は……はは……」
なにかおかしなことを言っただろうか?
まあいい。話を続けよう。
「最近は楓坂のことばかり考えて夜も眠れなくてな」
「そうなんですね……」
「彼女を笑顔にしたいのだが、俺にはその術がわからない」
「……彼女を……え……笑顔に……ですか」
席に着いた音水は、真剣な表情で考えるしぐさをした。
まさか……俺のために一緒に悩んでくれているのか。
おまえ、どんだけいい奴なんだよ。
ふっ……。やれやれ。
こんなに真面目な後輩がいてくれるのに、なにを立ち止まっているんだ。
よし! くよくよせずに前向きにいこう!
自信を取り戻した俺は、音水をまっすぐに見る。
「すまん、音水。もう迷いは断ち切った。俺にはお前がいるということを今さら思い出したよ」
「そっ! それってつまり!!」
「ふっ……。言わせるなよ」
俺は気の利いたセリフが言えない男だぜ。
深く追求されたら、どう答えていいかわからん。
すると……、
「きゅはわぁぁぁぁぁぁぁゎゎゎっ!!!!!!!!」
突然、音水は顔を真っ赤にして叫び出した。
なんだ、いったい……。
「……なんで叫ぶんだ?」
「だって、笹宮さんがおかしなことを言うから!!」
「おかしかったか?」
「いえ、全然おかしくありません!!」
「どっちだよ」
たまに音水はこういうところがあるんだよな。
人にはそれぞれ悩みがあるものだし、いざと言う時は相談に乗ってやろう。
そうだ。
音水にも笑いについて聞いてみるか。
笑いの極意は『心を激しく震わせ、与えること』というところまではわかったが、その先がさっぱりだ。
彼女なら、なにかヒントをくれるかもしれない。
「ところ音水。少し驚くようなことを聞いてもいいか?」
「もうドキドキしてます!」
一呼吸を置いて、俺はおもむろに訊ねる。
「音水の心を激しく震わせるとすれば、どうすればいい?」
「は!! 激しく……ですか!?」
音水は再び、ガタっと椅子から立ちあがった。
「ああ、激しく与えたいんだ」
「与える!? な、なにを!?」
「具体的にと言われると表現しがたいな」
「そ! そうですよね! この場で言うのは、いろいろヤバそうですよね!」
「ヤバくはないと思うが……」
笑いの極意について話しているのだが、やはり音水にもわからないようだ。
しかたがないよな。
普通はこんなことを訊ねられても、困惑するだけだろう。
「混乱させてすまない。俺自身もどう攻めていいのかわかっていないんだ」
すると音水は、なぜか顔を赤くしてモジモジし始めた。
「そのぉ……。私、笹宮さんなら、どんな攻めでもオッケーというか……。……はわわわっ!! もうっ、もうっ! なに言わせるんですか!! きゃーっ!!」
「なぜ俺の肩を叩く?」
どうしてこんな反応をするんだ?
ああ、そうか。
きっと音水は素直だから、俺が披露するネタはどんなものでも面白いと言いたいんだな。
まったく、かわいいやつだぜ。
だが、自信は得た。
今の俺なら楓坂と関係を修復することができるだろう。
■――あとがき――■
いつも読んで頂き、ありがとうございます。
次回、楓坂が本音を伝える?
二人の関係がまた一歩近づきます!
投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。
よろしくお願いします。(*'ワ'*)
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