8月4日(火曜日)心を開くにはコレしかないね


 通勤中、電車の中で俺は腕組みをして考えていた。


 コミケまで、あと三日。

 今、かなりヤバい状況になっている。


 昨日、楓坂にちょっかいを出そうとしたナンパ主任・張星を俺は追い払った。


 だがその行動が気にさわったのか、彼女は俺を避けるようになってしまったのだ。

 今ではロクに会話もしてくれない。


 マジでやべえぜ……。

 このままだとコミケ当時にまともなチームワークを形成できない。


 焦りでしかめっ面をしていると、いつもと変わらないトーンの声が挨拶をしてくれる。


「おはよ。お兄さん」

「よぉ。結衣花」


 あんまり考えてばかりだと堂々巡りになるだけだ。

 一度気持ちをリセットしよう。


 腕組みを解いた俺はカツサンドを入れていた弁当箱を取り出した。

 もちろん、ちゃんと洗っている。


「カツサンド、うまかったよ」

「そっか。よかった」

「ん? いつもみたいに、もっと褒めろって言わないのか?」

「あれはネタ。普通に美味しいって言ってくれるだけで嬉しいよ」

「なんだよ。じゃあ、俺はいじられ損じゃないか」

「その分、私が楽しんでるんだからいいじゃない」


 この女子高生はなんちゅうことを言うのだ。

 二十六歳の会社員をいじって楽しむとはけしからん。


 だが、いじられないというのは逆にさびしい面もあるので、今日のところは見逃してやろう。

 けっして、いじって欲しいとかじゃないんだぜ。


 結衣花はいつものように俺の隣に立ち、腕を二回ムニった。


「ところで、さっきは何を考えてたの?」

「……聞きたいか?」

「聞いて欲しい?」

「聞いてください」


 ぶっちゃけ、今はかなり困っている。

 楓坂が何を考えているのか全くわからないし、どうすれば解決できるのか見当もつかない。


 ここは名アドバイザーの結衣花に頼ることにしよう。


「実は……以前から話している研修生が話をしてくれなくなった」


 すると結衣花はフラットな調子で言う。


「わー、大ピンチ」

「棒読みでピンチって言われると、ちょっとほっこりするよな」

「でしょ。音感がいいよね」

「緊張感ゼロになったけど」


 相談を始めて数秒で、さっきまでの不安はかき消された。


 さすが結衣花。

 緊張をほぐすのが上手いぜ……って、いやいや。

 いま真剣に相談してたんだけど?


「どうせお兄さんが原因なんでしょ。何があったの?」

「でしゃばりすぎた」

「あー、なんか納得。お兄さん、そういうキャラだもんね」

「マジで?」

「ここで驚かれたことに驚いたよ」


 俺って、そんなにでしゃばってるか?


 そりゃあさ……。音水が会社を辞めるって言い出した時、熱血トークをしてしまった黒歴史があるさ。

 でも、そのことを結衣花は知らないだろ。


 それより今は楓坂の話を進めよう。


「無視されているわけじゃないんだが、話ができないから仲直りするきっかけもつかめないんだ。正直、どうしていいかわからん」

「ん~。そうだなぁ」


 すると結衣花は電車の天井をぼんやりと眺めた。

 問題解決のアイデアを考える時の彼女のクセだ。


 しばらくして、結衣花はピクンと顔を上げる。

 

「んっ。これかな」

「なにか、ひらめいたか?」

「うん。今回はかなり簡単かもね」

「ほほう。素晴らしい」


 結衣花が提示するアイデアって難易度の高いものが多かったが、今回はそうではないらしい。


 はたして彼女が思いついた解決策とは……、


「笑いで心を開くんだよ」

「……は?」

「だから、研修生さんを笑わせて心を開いてあげるの。そうしたら話がしやすくなると思うよ」


 たしかに笑わせると心が開きやすくなる話はよく聞く。

 営業職の人間には、バラエティー番組で笑いネタを集めている者もいるくらいだ。


「……いや。……しかしだな。俺は今まで、ボケとかしたことないんだけど」


 そう……。俺は一発芸などのネタが全くない。

 無理もない。今でこそマシになったが、つい最近までは無愛想主義を掲げていた男だ。


 そもそも、俺が人を笑わせる?

 笑止。あり得ない。

 寡黙でクールな俺がボケをするなんて、一体誰が想像するだろうか。


 しかし結衣花は言う。


「さすが無自覚系だね。日常的にやっていることを気づいてないんだ」

「俺がか!?」

「驚くフリをして笑わせようとしてるの?」


 おかしいぞ。

 なぜか俺はすでにボケキャラとして定着しているようだ。

 今までボケたところなんて見せたことないのに……。


 だとすれば……そうか!


「もしかして俺には、自然体で人々に笑顔を与えるスキルが備わっているのか……」

「言い変えると天然っていうんだけどね」

「おいおい。天然とは失礼な」

「いやいや。真実だから」


 俺が天然ということはないとして、笑いで楓坂と距離を詰めるというのはいいアイデアだ。


 笑いの傾向と対策を分析して、楓坂を笑わせてやろう。

 きっとそこから、突破口が見つかるはずだ。


 真剣な表情で考え込む俺に、結衣花が言う。


「そんなに構えなくていいと思うよ。お兄さんって傍から見ればかなり面白いから」

「バカにしてるだろ」

「楽しんでるだけ」



■――あとがき――■

☆評価・♡応援、ありがとうございます。

いつも元気を頂いています。


次回、音水の勘違いがとんでもないことに!?

ツッコミ不在のラブコメ無法地帯へ!


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*'ワ'*)

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