8月2日(日曜日)自宅でクッキング


 休日に行ったコミケの最終チェックは滞りなく終わった。


 時間のかかる作業だったため、今はもう夕方。 

 楓坂を最寄り駅まで送ってやるか。


「もうすぐ暗くなるから送ってやるよ」


 俺は立ちあがって、車の鍵を取りに行こうとした。

 だが楓坂は首を横に振る。


「どうせだからご飯を作ってあげるわ」

「え! 楓坂が?」

「そうよ。私が手料理をふるまってあげるのですから、感謝してくださいね」


 ちょっと意外だな。

 今まで楓坂の女子力を見たことがなかったから、料理をする姿なんて想像したことがなかった。


 でもお嬢様学校を卒業しているし、きっと料理も上手なのだろう。

 これは期待できそうだな。


 楓坂はスマホを取り出して、俺に訊ねる。 


「それで何にする? ピザとお寿司が有力候補ですけど、カレーもなかなか美味しいですよ」

「出前かい」


 俺の期待は数秒で崩れ去った。


「あのな。出前を手料理とは言わないからな」

「失礼ね。ちゃんとお皿に盛るわよ」

「俺……。全然、失礼してないと思うんだけど……」


 そもそも楓坂って料理ができるのか?

 まずはそこから怪しいのだが……。


 ちょっと聞いてみるか。


「ちなみに楓坂の得意料理ってなんなんだ?」

「冷ややっこかしら」


「他には?」

「卵かけごはん」


「もう少し聞きたいな」

「贅沢な人ね。あとは湯豆腐も作れるわ」


 俺……、泣いていいか……。

 いろんな女性がいるけど、ここまで女子力を捨ててるやつ初めて見たぜ。


 頭を抱える俺を見て、楓坂はクスクスと笑う。 


「今までのはジョークよ。そろそろ本気を出しちゃおうかしら」

「からかいすぎだろ……」

「ところで、包丁の握り方ってどうだったかしら?」

「お前って、仕事以外めちゃくちゃポンコツだな……」


 結局、楓坂は野菜炒めを作ることにした。

 簡単な料理だから失敗しないと思うが大丈夫だろうか……。


 心配でキッチンを覗いてみると、予想通り楓坂は苦戦していた。


「おいおい、あぶなっかしいな。切るの代ろうか?」

「大丈夫です。なめないで頂きたいわ」

「そうか。じゃあ、任せた」


 無理に手伝うと返って危ないと思ったのでリビングに戻ろうとした。

 だが、楓坂は間を置かず俺を引き止める。


「……でも。……できればちょっとだけ……、包丁の使い方を教えてくださらない?」

「わかったよ」


 俺に頼むなんて、よほど困っていたのだろう。

 ここはちゃんと教えてやるか。


 とはいえ、口で言ってもたぶん伝わらないだろう。

 俺は彼女の手を支え、寄り添うようにして包丁の動きをサポートしてやる。


 楓坂は左利きなのでサポートしづらいが、とりあえず切り方を教えるくらいならなんとかなりそうだ。


「こうやってちょっと傾けるんだよ。こっちの手はここだ」

「……は。……はい」


 しかしこの状況って、ちょっと恥ずかしいな。


 後ろから手を回すようにしてサポートしているのだが、はたから見れば後ろから抱きしめているように見えるだろう。


  いちおう密着しないように隙間は作っているが、これだけ近いと意識してしまうのは男として普通の反応だ。


「ねぇ……笹宮さん」

「ん?」

「少し体重を預けていいかしら。その方が身体を安定させることができるので」

「……ああ。……楓坂がそれでいいなら」


 楓坂がこちらに体重を預けたことにより、俺達は完全に密着する状態になった。


 つーか、これ。ヤバくない?

 抱きしめる一歩手前……というか、ほぼ抱きしめているような……。


 俺ですら緊張しているのだから、恥ずかしがり屋の楓坂はテンパっているかもしれない。


 しかし、彼女から慌てている様子は感じない。

 楓坂の表情は見えないが、リラックスすらしている様子が伝わってくる。


 すると彼女はクスッと笑った。


「ふふっ。子供の頃、よく父が後ろから手を回して本を読んでくれました。なつかしいわ」

「へぇ。楓坂にも子供の頃があったのか」

「当たり前じゃないですか。もぅ」


 反論とみせかけて、彼女は甘えたように体を揺らす。

 かなり機嫌がいいようだ。


 どうやら楓坂は、後ろから抱きしめるようにされるのが気に入っているらしい。

 包丁を使う時はリラックスするのが大切だし、今はこのまま調理を進めよう。


 一時間後……。


 悪戦苦闘の末に、なんとか野菜炒めは完成した。

 これってこんなに大変なメニューだっけ……。


 自分で作った野菜炒めを食べた楓坂は、ひどくご満悦の様子だ。


「おいしっ。やっぱり私って天才ね」

「よく言うぜ」


 切る作業だけでおもいっきり時間を使ってしまい、フライパンで炒めるときも一苦労だ。


 まぁ、味付けは確かに上手だけどな。


 食事を終えて少しまどろみを感じた時、楓坂が甘えた声で話しかけてきた。


「ねぇ、笹宮さん」

「ん?」

「……ひざ枕したい」

「食った後に寝ると体に悪いぞ」

「ぶー」


 少しばかり予想外のことはあったが、とりあえず無事に今日が終わった。


 なんとなく楓坂との距離も縮まったように感じるし、これなら仕事もうまく進むだろう。



■――あとがき――■

いつも読んで頂き、ありがとうございます。(o*´∇`)o

☆評価・♡応援、とても元気を頂いています。


次回、結衣花がとんでもない勘違いを!?


投稿は、朝・夜の7時15分ごろ。

よろしくお願いします。(*'ワ'*)

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